口に巣をくって、口きき役を引き受けている石屋の金さん……石金《いしきん》さん。
 名前だけでも、えらく堅そうな人物。
 その堅いところが、このとんがり長屋の住民の信用をことごとく得て、まず、泰軒先生につぐ長屋の顔役なのだ。
 今。
 その石金さんが、あわてふためいて路地を飛び出して、こうどなったのだからたまらない。
 まるで兵営に起床|喇叭《らっぱ》が鳴りひびいたように、ズラリとならぶ長屋の戸口に、一時に飛び出す顔、顔、顔。
 ガラッ熊は、まっ裸の上に印ばんてん一枚引っかけて。
 鳶由《とびよし》は、つんつるてんの襦袢《じゅばん》一まいのまま。
 そのほか、灰買いの三吉。
 でろりん祭文《さいもん》の半公《はんこう》。
 傘《かさ》はりの南部浪人《なんぶろうにん》、細野殿《ほそのどの》。
 寝間着《ねまき》の若い衆、寝ぼけ眼《まなこ》のおかみさん、おどろいた犬、猫まで飛び出して、長屋はにわかに非常時風景だ。
 寝入りばなを石金の濁声《だみごえ》に起こされて、一同、何が何やらわからない。
「相手は誰だ、相手はッ?」
「なんだい、お前さん、そんな薪《まき》ざっぽうなどを持ってサ」
「や! 
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