は、これよりほかはない。形式、儀礼の尊重ということは、ここから生まれるのです。
時代をへだててみると、いかにも無用――無用どころか、滑稽としか考えられない儀礼や形式でも、当時その社会に生き、そのなかに呼吸していると、なんらの不自然もなく、そのまま受け入れることができたに相違ない。
制度、組織の力が、そこに働いていたからだ。
たとえば、このお茶壺というもの。
お茶を入れる壺といってしまえば、それだけのものだが、これを宇治の茶匠まで送りとどけて、茶を詰めてかえる道中が、たいへんなものでした。
壺の主のお大名と同じ格式をもって、宇治へ上下したものだという。一万石は一万石、十万石は十万石の権式《けんしき》で、茶壺が街道を往来するのです。
槍を立て、その他の諸道具を並べた行列――お駕寵のなかは殿様かと思うと、そうではなく、お茶壺がひとつ、チョコナンと乗っかっていようという。
騎馬、徒歩の警護の侍が、ズラリと壺を取りまいて、
下におろう、下におろう……!
平民はみな土下座をして、壺一箇を送り迎えしなければならない。
第一日は、品川松岡屋が定宿。
「サア祝儀が出るから、こんなのん
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