の芝へ取りおろしました。
「誰かその蓋をあけてみろ」
こんどは一同尻ごみして、誰も手をかける者がない。
「スーッと一筋、怪しの煙が立ち昇ったかと見るまに、空中に、変怪《へんげ》の形をとって、うらめしや伊賀ざむらい……ナンテことになるんじゃないかな」
「世相険悪じゃから、爆弾でも入っているのかもしれぬ」
そんなことを言うやつはありません。
中に勇敢なひとりが、芝生に片膝ついて、壺の蓋をとりにかかった。
「御油断めさるな、おのおの方!」
誰かが、大時代の叫びをあげた。同時に、皆はパッと足《そく》を開き、腰の一刀の柄に手をかけて、居合の構え――これには何者かの深い魂胆があるに相違ないと思うから、ビックリ箱をあけるような緊張だ。
最初五分ほど、そっと蓋をずらして、中をのぞいてみたが、べつに煙も出なければ格別あやしい仕掛けもなさそうなので、また一寸ほど蓋を持ちあげてようすをうかがった。それでも、なんのこともないので、安心してぐっと中をのぞき、
「オヤ! 何もはいっていない……」
「ハテナ、空の壺を、こうして曰《いわ》くありげに当屋敷へ届けたとは――悪戯にしては、あまりにも埒《らち》もない。何か仔細がなくてはかなわぬところじゃが」
何もはいっていないとわかると一同大きに強くなって、ガヤガヤ始める。
「一応御家老へ届けいでずばなるまい」
高大之進はその壺の口をつかんで片手にぶらさげ、庭を横ぎって田丸主水正の居間のほうへと、歩きだした。
ひとりが、あとに落ちていた壺の蓋を拾いあげて、
「高先生! 蓋が――」
「蓋などいらん、捨ててしまえ」
「しかし」
と追いすがって、
「壺についておるものですから……」
「そうか。じゃ、まア、蓋も持って行こう」
めんどうくさそうに受けとった高大之進、その、丸い木の上へ奉書を幾重にも貼りかためた壺の蓋を、グイと懐《ふところ》へねじこんで、片手の壺を大きく振りながら、主水正の居間の外へとやって来た。
「御家老様、まだおやすみですか」
「馬鹿なことを言いなさい、年よりは早く眼がさめて困るものじゃ。さきほどから庭がやかましいようじゃが、何かナ? 小判でも掘り当てたかの?」
八
埋宝のことが絶えず頭にあるものだから、、何かというとすぐ、小判を掘り当てたか……なんて、まるでリュウリック号みたいなことばかり言う。
「ごめんを――」
と大之進は、高縁の階《きざはし》をあがって、つぎの間の障子をあけた。
書院造りの居間。
柳生家江戸家老、田丸主水正は、鼈甲《べっこう》縁の眼鏡を額部《ひたい》へ押しあげて何か書見をしていた経机から、大之進のほうを振りかえった。
「オ、なんじゃ。そんなうすぎたないものを座敷に持ちこみおって……」
と小言をいいかけた主水正、二度見なおして、イヤ、驚きましたネ。
驚くわけです。
夢にも忘れないこけ猿の茶壺……主水正は、操り人形が糸につられるように踊るように、両手を空《くう》に泳がせて、フワフワッとたちあがろうとした。
「こ、これ、とうとう――お壺を、手に入れてくれたか、いや、でかした、でかしたぞ! 大之進」
「いえ、御家老、落ちついてください。何者が、いかなる考えあっての仕業かは存じませんが、昨夜お庭へ忍びこんで、この壺を縄で松の木へぶらさげたやつがあるんです。いま見つけて、大騒ぎをしたうえあけてみましたところが……」
「ウム! はいっておったか?」
「ですから、落ちついてくださいと申しあげるのです。何もはいっておりませぬ」
「ナニ、壺はから……!」
夢みるように、じっと考えていた田丸主水正――すると、です。たちまち、ニッと微笑を洩らしたかと思うと、
「ハハア、そうか」
ここに越前守、愚楽、吉宗公の三人と同じ言葉をつぶやいた田丸老人、きっと高大之進へ眼をすえて、
「蓋がないではないか、これ、この壺の蓋はどうした」
急にあわてだした家老のようすに、大之進もいっしょにあわてて、
「蓋……と。蓋などは、さっき捨ててしまいましたが――」
「ナ、何? 壺の蓋をすてたと? 馬鹿者めッ! 棄てたとて、まだお庭にころがっておろう。早々《そうそう》に拾ってまいれ、痴《たわ》けがッ!」
はッ!――とお辞儀をしようとした大之進、なんだか懐中に硬《こわ》ばった物がはいっているから、フト思い出して、
「あ! ここにございました。手前、受けとって懐中へ入れてまいりましたのを、とんと失念。とんだ粗忽をいたしました」
「言い訳はよい。出しなさい、早く」
こんな壺の蓋なんか、どうでもよさそうなものだのに、お爺さん、年のせいでどうかしてるな――と大之進、心中おかしくてたまらないが、相手が家老ですから、
「中がからっぽで、おまけに蓋がなければ、これこそほんとに身も蓋もない――あ
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