いすみません」
 差し出す丸い蓋を、主水は待ちきれぬようにひったくって、しばらくジッとみつめていたが、
「うん、そうだ。この、年々上から上へと張り重ねてきた奉書の封の下に、貼りこめてあるに相違ない。イヤ、こことは誰も気がつかぬであろう。大之進! お家は助かりましたぞ。その床の間のわしの刀の小柄を取ってくれ――待っておれよ。今ここに、柳生の大財産の所在《ありか》をしるした、御先祖の地図を取り出してみせるからな。早く小柄を持ってまいれと言うに。えいッ。何をしておるのだ!」

       九

 壺の蓋をおしいただいた田丸主水正、大之進の抜きとってきた小柄で、丁寧に紙を剥ぎながら、
「高、儀作は?」
 若党儀作のことです。
「おります、さっき庭へ出ておりましたが……お呼びいたしましょうか」
「イヤ、旅立ちのしたくをさせてくれ」
「どこかへ御出発になるので?」
「いま埋宝の所在が明らかになるから、そうしたら、さっそく儀作を国おもてへ知らせに走らせようと思ってな」
「しかし、まだ……」
 ハテナ? と主水正は首をひねった。なんとなく、蓋に貼り重ねてある紙に、最近手をつけたような感じが見られる。だがそれも、ちょっと変だと思っただけで、つぎの瞬間、あせりにあせって紙をめくりすすんでいくと、
「ア、あった! 出てきたぞ」
 さけんだ主水正は、喜びにふるえる手で、剥ぎとった一枚の紙片を高大之進のほうへ突き出した。
 見ると……。
 虫食いのあとのいちじるしい紙に、何やら文字と、地図らしいものがしたためてある。
 虫食いのあとは、線香で細長く焼いたので。
 蓋に貼りこんであった古い奉書の一枚に、薄墨でそれらしく、愚楽老人が書いたのを、いま言ったように線香で焼いたり、ところどころ番茶でよごしたりして、古めかしく見せたものなのです。
「常々あ○○心|驕《おご》○て」
 というあたりは、原物のとおりだが……どうも巧みに作ったものです。これなら誰が見ても、御先祖の書き物としか思えない。愚楽老人、実に達者なものだ。千代田の大奥で上様のお背中なんか流しているより、ほかに商売がありそうです。
 ただ日光の金が将軍家から柳生へおりるでは、造営奉行に当たったものが費用万端を受け持つという、在来の慣習が破れてしまう。柳生も受け取ることはできなかろうと、そこで、吉宗、愚楽、大岡越前が相談のうえ、この細工をしたことは、前に言ったとおりですが、主水正、そんなことは知らないから、かぶりつくように読んでゆくと、文句は、ところどころ虫くいらしく線香で焼いてあって、よく読めないが、地図は……。
 地図のほうまでわからなくしてしまっては、なんにもなりません。
 どうやらおぼえのある地図――その下に、一行の文字が走っていて、武蔵国《むさしのくに》江戸《えど》麻布《あざぶ》林念寺前《りんねんじまへ》柳生藩《やぎうはん》上屋敷《かみやしき》。
 オヤ! 主水正、大声をあげた。見おぼえがあるわけで、いま現に自分の住んでいる屋敷の図面ではないか。庭の隅の築山のかげのところに、×の印がついているのは、財産はここに埋ずめてあるというのであろう。主水正と大之進は、顔を見合わせた。双方唾をのみこむだけで、いつまでもだまっている。
 やっとのことで、大之進が、
「御家老、このお上屋敷は、御当家御初代の時代から、ずっとここにお住まいになっていたのでございましょうか」
 主水正は答えません。じっと考えこんでいるうちに、はじめて彼は、思い当たった。
「これは、真のこけ猿ではないのだ」
「えッ? 本物ではない……だが御家老、こうして古い書きつけまで現われ、埋ずめてある場所も、わかったではございませんか。しかも、この屋敷の庭の隅と――」
「大之進、至急したくをしてくれ。お城へあがって……そうじゃ、愚楽様にお目にかかるのじゃ」

       十

 それから一刻《いっとき》、二時間ののちに。
 千代田城の一室で、膝を突きあわせんばかりに対座しているのは愚楽老人と、柳生藩の江戸家老田丸主水正の二人。
「ははア、それはおめでたいことで――こけ猿の茶壺が、そうたやすく見つかって、大金の所在《ありか》も判明いたしたとは、祝着《しゅうちゃく》至極、お喜び申しあげる」
 そう言う老人の顔を、主水正は、じっとみつめてニヤニヤ笑いながら、
「それが、その、ふしぎなことには、林念寺前の手まえども上屋敷の、庭隅に埋めてあるというので、ヘヘヘヘヘ」
 けろりとした愚楽老人、
「それはまた、たいそう近いところで、便利でござるな。これが奥州の山奥とか、九州のはずれとかいうのだと、旅費もかかる。掘り出す人夫その他、第一、他領ならば渡りをつけねばならんしな」
「ハイ、おっしゃるとおりで」
「そんなことをしておっては、ちっとやそっとの財産は
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