、それで元も子もなくなってしまう。掘り出す費用と、掘り出す財産と、ちょうどトントンなどというのでは、やりきれんからな」
「ハイ、おっしゃるとおりで」
「さすが思慮深い御先祖だけあって、埋めるときまでに、そこらの点も御考慮になったものとみえる、イヤ、恐れ入った。持つべきはいい先祖だな」
「恐れ入ります。ところで、ふしぎなことがございますので――」
 よけいなことを言わせてはならないと、愚楽は大急ぎに、おっかぶせるように、
「それで、もはやその庭の隅をお掘りになったかな?」
「イエ、まだでございます。とりあえずこちら様へ、お礼言上に……」
「お礼? なんの、わしに礼を言うことがあるものか。――ウム、ナニ、自分の屋敷の隅なら、掘ろうと思えばいつでも掘れる。マア、そうあわてるにおよぶまいからな」
「ところが、ふしぎなことがございますので……」
 主水正、まだやってる。
 チェッ! 血のまわりの悪い親爺を、家老だなんて飼っておくもんだ。こっちの心づかいを察して、だまって掘り出しゃアいいのに――と愚楽老人は、ジリジリしながら、
「ふしぎ……とは、何がふしぎで?」
「ヘヘヘヘヘ、実はどうも、なんともはや、申しわけございませんしだいで」
 と主水正、急に懸命にあやまりだしたから、サアこんどは愚楽老人のほうがわからない。眼をパチクリさせていると、主水正は首筋をかきかき、言いにくそうに、
「実は、お屋敷替えになって、ただいまの林念寺前に移りましたのは、一昨年のことでございます」
 ア! そうか!――と、そこまでは気がつかなかった愚楽老人、大狼狽《だいろうばい》をかくして、
「ホホウ、そうでござったかな」
「それまであそこは、京極左中様のお屋敷で、どうも手前どもの先祖は、人様のお屋敷へ忍びこんで、財産を埋めたものと見えまして、なんともハヤ、不調法を働きましたしだい、実に、どうも――」
 そんなことを洗いたてずに、ありがたくちょうだいしておけばいいのに、剣術の家柄の家老だけに、いやにカチカチの、融通のきかない親爺じゃな――愚楽老人はおかしいのをこらえて、
「イヤ、すると、当時あの辺は、野原か森ででもあったのでしょう」

       十一

 愚楽老人と主水正とのあいだに、いかなる長話があったものか……。
 それはわかりませんが。
 老人、スッカリうち明けて、この頑固一徹の柳生家在府家老を説いたものとみえます。
 ピッタリ両手をついてひれふしている主水正の前へ、愚楽さんは、ニヤニヤした顔を突き出して、
「じゃから、そういうわけじゃから、御藩をとりつぶそうのなんのというのが、決して御公儀の考えであるわけはなし、いわば、こけ猿の蔵しておる秘財の何分の一、イヤ、何十分の一――それは、真のこけ猿がみつかり、宝の所在が明らかにならねば、いかほどまでに莫大なる財産かわからぬから、しかとしたことは言えぬが、とにかくその一部分を日光につかわせようというのが、将軍家のありがたいおぼしめし……」
 あんまりありがたくもありませんが、そう言われる以上、主水正、いかにもありがたそうに白髪頭をいっそう畳にこすりつける。
 愚楽さんは静かに説きすすめて、
「しかるに、こけ猿に意外の邪魔がはいり、真偽いずれともしれぬ壺が、いくつとなく現われた」
「ハッ、その儀は、手前ども柳生藩の者一同、実にどうも、近ごろ迷惑しごくのことに存じおりまするしだいで」
「イヤ、そうであろう。黄金《こがね》のうずたかきところ、醜きまでにあらわな我欲|迷執《めいしゅう》の集まることは、古今その軌《き》を一つにする。上様におかせられても、お手前らの困憊《こんぱい》がお耳に達し、なんとかして公儀の手をもって真のこけ[#「こけ」に傍点]猿《ざる》を発見してやりたいものじゃと、わしにお言葉が下がったので、届かぬながらもこの愚楽が、大岡越前守殿と相談のうえ、ある巷の侠豪……その者の名は言えぬが――に頼んでナ、ひたすら捜索してもらったのじゃ」
「ありがたき御|芳志《ほうし》、手前主人にもなれなく取りつぎまする考え、いかに感佩《かんぱい》いたしますことか……」
「ところで、貴殿にうかがうが、いったい柳生のこけ猿と申すは、いくつあるのかな?」
「ハ?」
 と、ふしぎそうな顔を上げた主水正、
「いくつと申して――むろんそれは、一つにきまっております。他はすべて贋物」
「サア、それはわかっておるが、その贋のこけ猿が、二つ三つ御藩の手もとにも昔から伝わっておるのではないかな?」
「イヤさようなことはないと存じまするが、しかし、こけ猿の儀につきましては、国元なる一風宗匠と申す藩のお茶師にきいてみねば、何事も手前一存にては申しあげかねまする」
「そうであろう。先日某所より入手いたした茶壺、これこそは真のこけ猿に相違なしと、上様と越
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