州と、拙者といきおいこんでその壺の紙を剥ぎ取りたるところ、なるほど虫食いのあとはげしき古図一枚、現われはしたものの、文言地図等簡略をきわめ、とても、思慮ある柳生家御先祖の真の書き物とは思われぬ。その虫食いのあとなどもナ、はなはだ怪しきもので――じゃが、こういつまでも本物のこけ猿がお手にはいらぬようでは、柳生殿の御迷惑こそ思いやらるる。でナ、こけ猿の詮索はしばらく第二に、御造営に入用な額だけは、上様のポケット・マネイを……ということになったのじゃ。マア、何も言わずに、お庭の隅を掘ってみなされ。正直爺さんポチが鳴く。大判小判、ザック、ザク――あっはっはっは」

   お鍬祭《くわまつり》


       一

「つつしみつつしみて申す。わが先祖《おおおや》ここに地下《ちのした》に黄金《こがね》を埋ずめ給いてより、梵天帝釈《ぼんてんたいしゃく》、天の神、地の神、暗の財宝《たから》を守り護り給うて……つつしみつつしみて申す」
 変な文句だが――。
 これでも田丸主水正、その白髪頭に、もう四、五本白いのをふやして、ひと晩かかって、やっと考えぬいた、これが、いわばまア、即席の祝詞《のりと》なんです。
 高大之進をはじめ尚兵館の若侍一同、今日は裃を着て、くすぐったそうに並んでいる。
 場処《ところ》は、麻布林念寺前なる、柳生対馬守のお上屋敷。
 お稲荷様をまつってある築山のかげ。
 きょうはそのお稲荷さまなんか、あれどもなきがごときありさまで、今その祠《ほこら》のうしろの庭隅に、この壮大なお祭りが開かれようとしています。
 称して……お鍬祭。
 土を掘る縁起祝いだ。
 愚楽老人に対面して、急いでお城をさがった主水正、ひそかににせ[#「にせ」に傍点]猿の示した庭の隅へ行ってみるとなるほど、そこが三尺四方ほど新しい土を見せている。たしかにゆうべあたり掘り返して、何か埋ずめてあるらしい形跡。
 愚楽老人配下の忍びの者が五、六人、ゆうべこっそりこの邸内へ潜入して、ここに日光の費用を埋ずめ、またあの細工入りの壺を、松の木にひっかけていったというわけ。
 今は主水正、すべてが明らかだが、人心の動揺を思っては、これはあくまで先祖の埋ずめたもの、あの壺はどこまでも正真正銘のこけ猿ということに見せかけて、苦しい一時を糊塗せねばならぬ。
「殿の御出府を待って、しかるうえに、お手ずからお掘り願うとしよう。それまでは、何者もこの庭隅に近よることはならぬ。昼夜交替に見はりをいたせ」
 つい一昨年《おととし》まで他人の住まいだった屋敷に、こけ猿の財産が埋ずめてあるなんてエのは、どう考えてもうなずけない話だから、藩士一同、それこそ、お稲荷さまの眷族《けんぞく》に化かされたような形。
 それでも。
 埋宝発見の心祝いに、潔めの式をせねばならぬと言われて、こうして正装に威儀をただし、ズラリと変な顔を並べている。
 屋敷の庭の一隅が、急に聖地になりました。
 一坪の地面に青竹をめぐらし、注連縄《しめなわ》をはり、その中央に真新しい鍬を、土に打ちこんだ形に突きさして、鍬の柄《え》に御幣を結び、前なる三方には、季節の海のもの山のものが、ところ狭いまでにそなえてある。
 田丸主水正、いま前に進み出て……つつしみつつしみて申す、とやったところだ。
 若侍の一人が、となりの袂を引っぱって、
「ウフッ、どうかと思うね」
「こういうてがあるとは、知らなかったよ」
「こんなインチキをしていいのかしら」
 高大之進が振りかえって、
「もろもろはだまっておれ」
 めでたく式は終わって、これから大広間で酒宴に移ろうとしていると、合羽姿もりりしく、手甲脚絆、旅のこしらえをすました若党儀作が、やっと人をかき分けて、主水正に近づき、
「御家老、それでは私は、これからただちに伊賀のほうへ――」
「ウム、急いで発足してくれ。道中気をつけてナ」

       二

 東海道を風のようにスッ飛ぶ超特急燕、あれでもおそいなどと言う人がある。もっとも、亜米利加の二十世紀急行、倫敦《ロンドン》巴里《パリー》間の金矢列車《ゴールド・アロウ》、倫敦エディンバラ間の「|飛ぶ蘇格蘭人《フライング・スカッチマン》」……これらは、世界一早い汽車で。
 人間には、欲のうえにも欲がある。その欲が、進歩を作りだすのですが。
 どこへゆくにもスタコラ歩いた昔は、足の早い人がそろっていたとみえます。
 早足は、修練を要する一つの技術だった。
 歩きじょうずの人の草鞋《わらじ》は、つまさきのほうがすり切れても、かかとには、土ひとつつかなかったものだそうで、つまり、足の先で軽くふんで、スッスッと行く。
 呼吸をととのえ、わき眼をふらずに、周囲の風光とすっかり溶けあって、無念無想、自然のひとつのように、規則正しく歩を運ばせる。
 この早足に
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