んだった。
重内も作三郎も、弱りぬいたあげく、用人部屋へ引っぱってきて、伊吹大作にまでその旨《むね》を通じたというわけ。
この壺を取られてはならないと思うから、お美夜ちゃんはもう一生懸命、両手でしっかり箱をかかえて泣きながら、その泣く合間合間《あいまあいま》に、あちこち見まわしたり、ちょっとキョトンとしたり、それからまた、急に声をはりあげたりして、畳のかたい用人部屋に待たされていると、
「コレコレ、お奉行様がお会いになるという。果報《かほう》なやつだ。こっちへ来い」
大作、重内、作三郎の三人にとりかこまれたお美夜ちゃん、
「あたい、とうとう罪人になったの?」
お爺ちゃんにまた会えるかしら……などと情けない思い、飛び石につまずきつまずき、広いお庭の奥へ――
三
縁の高い書院《しょいん》造りの部屋が、眼の前にある。
その明るい障子が、静かに中からあいて、デップリした人影が現われたのを見たとき、庭の沓脱《くつぬ》ぎの下にすわっているお美夜ちゃんは小さなからだが、ガタガタふるえだした。
押しこみをおさえたり、人殺しをつかまえたり……お奉行さんなんてどんなにこわい小父ちゃんだろう!
が。
そのとたんに。
お美夜ちゃんの聞いた声は、ビックリするほどやさしい、親しみぶかいものであった。
「そちら三人は、さがっておるがよい」
お美夜ちゃんをとりまいていた大作、重内、作三郎の三人は、跫音もなく庭の闇へ消えこんでゆく。
意地のわるい三人のお武家さん――と思っていたものの、サテ、こうしてひとり取り残されて、お奉行様と相対《あいたい》になってみると、恐ろしさから、その三人が急に恋しくなって、
「小父ちゃんたち、行っちゃアいや、ここにいて!」
とお美夜ちゃん、泣き声をはなってあとを追おうとする。
しずかな含み笑いが、お広縁の上から。
「コレ、何もこわがることはない。この縁側へ腰をかけて、わしに、その壺というのを見せてくれぬか」
灯をしょった顔を振りあおいで見ると、眼尻に長いしわをきざんだ、柔和な笑顔……ほんとに、これが南のお奉行様かしら?
と、お美夜ちゃんはあやしみながら、
「あのね、あたいね、浅草のとんがり長屋から来たの」
と、一度安心すると、子供だけにもう人見しりをしないので。
壺をかかえて、越前守と並んで、縁側にこしかけたお美夜ちゃんに、障子をとおしてほのかな燭台の灯が踊る。
忠相はにこやかに、片手で壺の風呂敷をときながら、
「ウム、そのトンガリ長屋なら、おまえをここへ使いによこした人は蒲生泰軒《がもうたいけん》……泰軒小父ちゃんであろう」
「うん、よく知ってるね、この壺をお奉行様に、お渡しするようにって――」
「おお、よしよし」
忠相はお美夜ちゃんの頭をなでて、
「よくこの夜中に、ひとりでお使いにこられたな」
言いつつ、パラリと風呂敷をとき、桐箱の紐をほどき、箱の蓋《ふた》をとり、ソッと抜き出した壺から、スガリをはずして、もう、その手は壺の蓋にかかっている。
「おまえの名は、なんという」
「あたい、作《さく》お爺《じい》ちゃんとこのお美夜ちゃんっていうんですの」
壺の蓋をとった忠相は、そっと中をのぞいて見た。
部屋の洩れ灯なので、よくは見えない……。
なんだか底のほうに赤ちゃけた紙きれが入っているようでもあり、また、何もないようでもあり――。
いずれ、後で明るい部屋で、ユックリ見直すことにしようと、忠相はそのまま蓋をかぶせつつ、
「ウム、お美夜ちゃんか。かわいい名じゃのう」
「ええ、みんながそう言うわ」
「何をごほうびにやろうかの? 泰軒小父ちゃんのお使いをして、この小父ちゃんのところへ、こんなりっぱな壺を持ってきてくれたお礼に、何かすばらしいものをあげたいのじゃが……」
急に眼をかがやかしたお美夜ちゃん。
「ほんと? ほんとになんでもごほうびくれる?」
と、念をおしました。
四
忠相はうち笑って、
「念をおすには及ばないよ。嘘は泥棒のはじめという。世の中から、その泥棒をなくするのが、このおじちゃんの務《つと》めなのだ。わかるかな?」
お美夜ちゃんは、縁に足をブラブラさせながら、かわいい合点《こっくり》をする。
越前守はニコニコつづけて、
「そのお役目のこの小父ちゃんが嘘をいうはずはないではないか」
「そうねえ。なら、あたいの言うこと、なんでもしてくれる?」
「言うまでもない、なんでもきいてやろう」
「じゃ、お願いしてみようかしら」
「オオ、いかなることでも申してみるがよい」
「じゃアね」
と、お美夜ちゃん、仔細らしくちょっと考えて、
「あたいの仲よしにね、チョビ安さんって、とても元気な、おもしろい兄ちゃんがいるのよ。孤児《みなしご》なの」
言い
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