ン坊と、峰丹波。
 両雄――。
 足をとめて、キッと顔を見合わせた丹波の横を、萩乃はすり抜けるように、源三郎へかけ寄って、
「マア、やっと……江戸を出てから今まで、ほんとうに気が気ではございませんでした。でも、丹波と和睦《わぼく》をされたとのこと、これからは道場も平穏、こんなうれしいことはございません」
 源三郎に口をきかれて、この狂言が割れてはたまらぬと、丹波は急いで、
「アいや、種々お話申しあげ、またおわびすべきところは、いかようにもおわび申しあげんと、かくはおあとを追ってまいりたるしだい――」
 と懸命に目くばせするのを、源三郎ははやくもその意をくみとって、
「イヤ、こういうことであろうと存じ、お待ちかたがた、ゆっくりまいった。旅は多勢のほうがにぎやかでよろしい。それでは、ごいっしょに、ブラリブラリとまいるとしようか」
 表面はうちとけても、内心は、すきがありしだいやにわに斬《き》りつけもしかねまじい気組み。
 それは丹波も同じことで、白刃をつつんだ笑顔のうちに談笑しながら、一行七人。
 栗橋《くりはし》、中田、古河……。
 古河は、土井|大炊頭《おおいのかみ》、八万石、江戸より十六里でございます。
 あれから野本、まま田、と進んでゆくと。
 小山《おやま》へ近づいた灌木の茂みのかげから……。
 何者の手すさび?
 爪弾《つまび》きの三味線の音《ね》が流れ出て、
[#ここから3字下げ]
「尺取り虫、虫、
尺取れ寸取れ
足の先から頭まで――」
[#ここで字下げ終わり]
 何者? と言うまでもなく……櫛巻お藤は疲れ休めに、藪《やぶ》かげに足を投げだして、たったひとつの、旅の荷の三味線を取りだし、そう思い出したように口のなかで唄っているそばに。
 大刀|濡《ぬ》れ燕《つばめ》をかたえに引きつけ、大の字なりに草の上に寝ころんでいた丹下左膳。
 枕もとに咲きみだれる秋の七草を、野分が吹いて通る。
 と、突然、その藪原から二、三間はなれた街道に、来かかった旅人の跫音《あしおと》が、乱れ立って、
「おおッ、あの唄声! 尺取り虫の唄だッ? 旦那方、御用心なせえ! 櫛巻の姐御がいるからにゃア、あの丹下左膳てエ化け物侍も、どうやらこの近くにとぐろをまいているにちげえねえ」
 と、頓狂な声をあげるのは、まぎれもなくつづみの与吉。
 とたんに、源三郎の大声で、
「ナニ? 丹下左膳が近くにおると? オイ左膳殿! オーイ、丹下……!」
 なつかしそうな声でよばわりながら、ガサガサと草を分けて、こっちへ来る気配。

       八

 道しるべの立っている四つの角――丹波にとっては、知らず、生命の辻。
 腰から上を穂すすきの波に浮かべて、ぬっと街道へたち現われた丹下左膳を見るが早いか、
「三方子|川尻《かわじり》の、漁師六兵衛の住居《すまい》以来だったナア」
 ニタっと笑って、そうつぶやいた伊賀の暴れん坊、いきなり、右の肩がグイとあがって、白い棒のような光が、細い鏡のごとく陽に光ったと思うと……抜いたのだ。斬りつけたのだ。
 居合抜き……。
「アッ痛《つ》ウ――!」
 ざッくり横腹を割りつけられてうめきながらよろめいたのは、ほかでもない……峰丹波。
「ナ、何をする! これ、源三郎殿、何をなさるる!」
 腕の相違というものは、いたしかたがない。
 足《そく》もひらかず、からだも動かさずに、突如、刀で指さすように横にはらった源三郎の剣を、峰丹波、受けるには受けた。が、胴ッ腹で受けた。これじゃア受けたことにならない。
 与吉は、すでに逃げ腰、左膳につづいて草むらからあらわれた櫛巻お藤をはじめ、源三郎手付きの若侍三人、萩乃などあっけにとられているなかで、伊賀の暴れん坊の凜《りん》たる声。
「いつぞやおあずかりのままの真剣勝負だ。貴公よりもおれよりも、剣腕の上の者が、判定に立ちあうのでなければ勝負はせんと、言いはったが、いまここへ、丹下左膳というあつらえむきの立会人が出て来たからな」
「おのれッ!」
 刻々に細る息であえぎながら、丹波の指先は虫のようにおののいて、いたずらに帯刀の柄《つか》をはうが、もう抜く気力もないところを!
「…………」
 無声の声、無音の音。恐ろしい気合いで、源三郎の振りおろした二の太刀に。
 あわれ丹波! 胴首ところを二つにして、街道の砂塵にまみれた血糊《ちのり》の首が、ガッと小石を噛んだ。秋草に飛ぶ赤黒い血。
「とは言うものの――」
 と伊賀の暴れん坊は、大あくびをかみしめながら、さし出した血刀を部下の一人に、懐紙一|帖《じょう》ですっとぬぐわせつつ、
「その丹下左膳が、おれより上の腕とは、まだきまらぬテ。まず伯仲《はくちゅう》であろうとは思うが、いずれその決着も、つく折りがあろう、ウフフフフ」
「くだらぬ者を斬ったな。それよりゃア
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