い左膳とお藤が姿を見せて、これも、日光へ――。
 かと思うと三人目には、伊賀の暴れん坊までが日光をさして、江戸を離れようとする。
 トンガリ長屋の付近にひそんで、そこまで見とどけた与吉。
「ワアッ! てえへんでえ、てえへんでえ! 馬鹿に今夜は日光ゆきのはやる晩だ。こりゃあこうしちゃあいられねエ」
 とばかり、東の白みかけた街を足を宙に、妻恋坂の道場へかけもどり、まだ丹波が寝ている部屋の外まではいりこんだ与の公、
「チョッ、殿様、峰の旦那! 寝ている場合じゃアござんせんぜ」

       六

 与吉から、委細の話を聞いた峰丹波は、
「ウム! これは、日光の方角に、何やら容易ならぬことが行なわれんとしておるに相違ないテ。ことによると、あの方面にこけ猿の茶壺があるとでもいうような、有力な聞きこみがはいって、それでこうして三組の者どもが、あわてふためいて日光へ向かったのであろう」
 じっと何事か沈思《ちんし》におちていた丹波、ハタと膝を打って、ニヤリとした。
「与吉、日光を見ざるうちは、結構と言うなかれじゃ。そちも見物にまいるか」
「ヘエ、ぜひお供いたしてえもので」
 そこで丹波、どういう策略があるのか、あわただしく、起きぬけの萩乃に目通りを願い出て、
「サテお嬢様、今日《こんにち》まで私は、意地ずくから、心ならずも源三郎さまにお敵対申しあげ、あなた様にも由《よし》ないお苦しみをおかけ申してまいったが、御存じのとおりお蓮の方は、逐電あそばされるし、拙者もつくづく考えるところござって、このたび転向……」
 転向? そんなことは言わない。
「このたび源三郎様におわびを申し入れましたところ、さすがは理のわかったお方、今までの非礼をことごとくおゆるしくだされましたのみならず――」
 うまく萩乃を言いくるめたものです。
 何事か思いたって、源三郎はゆうべのうちに、急に日光へ向かって発足した。ついては、丹波に萩乃を守って、あとから追いつくようにという伝言《ことづて》だったと、もっともらしい口構《くちがま》え。
 兄対馬守は造営奉行として、目下|登晃《とこう》中なのだから源三郎が所要あって、そっちへ出むくことは、不自然ではない。
 なるほど、源様は、ゆうべ三人を連れていつのまにか、屋敷を抜け出ている。
 自分の幼い時分から、この不知火《しらぬい》の道場にいて、父十方斎の信任あつかった峰丹波の言うことです。ことには、源三郎とも和を結んだという。
 萩乃が信用したのも、無理ではない。
 峰丹波、わざと供はつれません。つづみの与吉ただひとり。
 まもなく、いかめしい道場の門をあとにした旅ごしらえの三人は、何も知らぬ萩乃を中に、右に丹波、左に与の公。
 多勢《おおぜい》の不知火の弟子どもに送られて、笠《かさ》を振り振り妻恋坂をくだりながら、もう道中気分の与の公は、馬鹿にいい気持になってしまって、
「ねえ峰の殿様、旦那、先生……旅は道づれって言いますけど、正直のところ、野郎ばかりの道中じゃアあんまりドッとしねえが、こうして妻恋小町の萩乃さまを真ん中にはさんでゆくと、どうもハヤ往来の者がみんな振りかえりますぜ。実にどうも萩乃様は、生き弁天でげすからね」
 だまって三歩とは歩かない与の公、
「ねえ、峰の旦那、殿様、イヤサ、先生。こうやってわっちら三人が、ブラリブラリ日光見物に出かけるところは、さぞかし結構な身分と見えやしょうな。きっと知らねえ者が見たら、あっしは人間が粋《いき》にできていやすから、さしずめ大店《おおだな》の若旦那、お嬢様はその許婚。ヘッ、峰の先生は、用人棒に頼まれてきなすった店子の御浪人――そう思うに相違ござんせんぜ」
「たわむれにも、無礼なことを言うやつじゃ。じゃが、まア、よいよい。旅は気散《きさん》じじゃでのう」
 一本道の日光街道。
 足弱を連れて、道ははかどりはしないが、ひと晩とまった翌日は、粕壁から一里で二つや、杉戸《すぎと》。
 あれからかけまして、幸手《さって》の堤。
 と、はるかむこうに、アレ! 豆のように小さな四人の人影が……。

       七

「アッ! 源三郎様だ!」
 と、遠くへ小手《こて》をかざして与吉がさけぶと、それと聞いて萩乃は、今までおくれがちだった脚が、にわかにはやまって……。
 源三郎とすっかり仲なおりができて、彼に頼まれて萩乃を送ってゆくという口前《くちまえ》で、連れだして来たのだから、峰丹波も与吉も、いま狂気のように急ぎだした萩乃を、引きとめることはできません。
 小走りに歩を早める萩乃に、引っぱられるように、しょうことなしに丹波と与吉は、だんだん源三郎の一行に近づいてゆく。
 幸手《さって》の堤の木立ちのかげに立ちどまって、じっと振りかえりながら待っていた源三郎。
 とうとう顔を会わせた伊賀の暴れ
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