その悲しそうな声ったら……」
 とお美夜ちゃんは、長いたもとで自分の顔をおおって、泣くまねをして見せる。
「サアサ、それよりも早く雨戸を――ホラ、こんなに雨が吹きこんで」
 母娘《おやこ》二人が手を貸し合って、やっと座敷の戸をしめ終わると。
 眼を真っ赤に泣きはらしたお梶が、行燈《あんどん》を持ってはいって来たが、そのまま立ち去るかと思うと、灯《あか》りを部屋のほどよいところに置き……このときだった、お梶がいきなりお蓮様のたもとを握ったのは。
「オヤ、どうしたのだえ、お前は!」
 振りむいたお蓮様は、びっくりした。
 お梶の顔の色といったらない。あおざめた面色《めんしょく》に、眼は血ばしり、頬には、涙の糸とほつれ毛を引き、その毛の先をきゅっと口に噛みしめて、物すごいばかりの形相。
「アラ、気がふれたのかしら、この娘《こ》は!」
 と、お蓮様はギョッとしながら、必死の力をこめたお梶の手に、べったりくずれるように、そこへすわらせられてしまった。
 と、お梶は、あっけにとられてそばに立っていたお美夜ちゃんを、いきなり片手に引き寄せて、痛いほど抱きしめ、
「ムムムムムムムム」
 もの言いたげな風情。
 口のきけぬをもどかしがるありさまに、これは何事か、思いきって言いたいことがあるのだなと、見てとったお蓮様。
 キチンと両手を膝に、すわりなおして、
「なんです」
 という眼顔をしてみせる。
 それにいきおいを得たように、お梶はフラフラと立ちあがって、壁際へ走り寄った。
 そして、両手をひろげて壁の前に、こっち向きに立ちながら、お蓮様とお美夜ちゃんを指さして、ふしぎな泣き声をその口からもらすのだ。
 あなた方お二人は、夢にも知らないだろうが。こうして壁へ塗りこめられて……。
 という意味を示すつもりだろうが、人柱などという複雑なことが、こんな簡単なしぐさひとつで、わかろうはずがない。
 お蓮様はふしぎそうに、お美夜ちゃんをかえり見、
「なんだろうねえ」
「あたし、気味が悪いわ」
 お美夜ちゃんはこわそうに、母のかげへまわる。
 じっさいそれは、妖異な場面であった。唖の娘が、何事か懸命に知らせようとして、渾身《こんしん》の力をこめてさまざまの動作をする室内。行燈の灯《ひ》がお梶の影を、大きく壁に踊らせて。
 戸外《そと》は、地殻《ちかく》も割れんばかりのすさまじい大|暴風雨《あらし》。

       七

 お梶は一生懸命に、身ぶりをつづけて、背中を壁にすりつけたり、壁の前に立って、しきりに土を塗る手つきをするやら……左官の妹だけに、壁屋の手まねは堂にいっている。
 かと思うと、こんどは、お蓮様とお美夜ちゃんを指さして、眼をつぶり、呼吸《いき》をつめて見せるのは、「死ぬ」という意味を表わすつもりだろうが、まるで踊りの手ぶりを見ているようで、こんなことでわかるはずはない。
 お蓮様とお美夜ちゃんは、あっけにとられて見まもるのみ。
 お梶はもどかしそうに、身もだえしていたが、やがて、新しい方法を思いついたと見え、急に、にっこりすると同時に、
「ウウウ――」
 と、異様にうめきながら、母娘《おやこ》の手を取ってグイグイ引き立てる。
 雨中《うちゅう》のすき間から、一瞬間、サッと青白い光が射し込んで、畳の目をくっきり描きだすのは、雷《らい》が、ちょうど頭の上へ来ているらしい。
 戸障子のはためき、屋棟《やむね》のうなり、この小さな家は、今にもくだけ飛びそうである。
 灯影《ほかげ》の暗い室内に、狂気のようにあせり動くお梶の影だけが、大入道のようにゆらいで、なんとも不気味な景色であった。
 唖美人……それは、うつくしい獣を連想させる。
 お美夜ちゃんは、もうすっかりおびえきり、お蓮様も、何ものかにつかれたように、母娘《ふたり》はお梶に手を取られるまま、フラフラと膝を立てて、
「コレ、何をするの、お梶」
「母ちゃん、こわいよウ!」
 うわア、うワア!……というような声を、お梶はつづけざまに発しながら、全身の力をそのかぼそい腕にこめて、母と娘を壁に押しつけた。
 そうしておいて、手早く壁土を塗りこめる手つき。
 これでもわからないか!――と言わぬばかりのもどかしさが、顔いっぱいにあらわれて、お梶の眼は、必死の涙にうるんでいる。
 お蓮様とお美夜ちゃんは、白痴の相手をして遊んでいるような、気恥ずかしいようすで、されるとおりになって壁の前に立ちならんでいたが、お梶がいつまでも、左官のしぐさを繰り返すだけなので、お蓮様ははじめて、オヤ! これは変だ。何か重大な意味があるのでは……。
 と、思ったとき!
 フと胸をかすめたのは、遠い子供のころ、乳母か誰かに聞いたことのある、あの、「もの言はじ、父は長柄の……」の人柱のこと!
 大きな土木工事には、土の神、木の神
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