「追放すればよいではないか」
「サ、それがさ、貧しい旅の服装《なり》ではあるが、顔姿、言葉のはしはしなど、武家も大どころの者らしいふしが、ないでもない。このまま山から追い出して、あとでひょんなかかりあいにでもなろうものなら、この御修営に疵《きず》がつこうというもの」
「ははあ、それでわかった。自《じ》ままに町を歩かせては人さわがせ、追い出すこともならず、というわけで、ああしてあの一軒家にとじこめ、われらを見張りにつけておくのじゃな。厄介な者がとびこんできたものじゃなア」
「しかしまア、相手は狂人と馬鹿娘のことだ。家から出しさえせねばよいのじゃから、遊び半分の楽な役まわりをおおせつかったというものじゃテ」
 草むらにあぐらをかいた下役《したやく》どもは、ひなたぼっこと雑談を仕事と心得て、こうガヤガヤ話しこんでいる。
 ふしぎなもので、狂人といわれたその眼で見ると、普通の人でも、変に見える。
 そう言えば、すこし眼の色がちがっているとか、笑い声が尋常でないとか……。
 そう信じこんでいる者へ向かって、「いえ、わたしは狂気ではありません」と弁解しようものなら、さてこそ、狂人の十八番《おはこ》が始まったとばかり、いっそう狂人扱いされるのみ。
「サクアミとか、南無阿弥とか、たえず妙なことを口ばしっておるようじゃが」
「ナニ、言いたいことをいわせておけばよいのじゃ」
 と、これでは、お蓮様はどこにも、取りつく島がありません。
 一日に何度となく、庭づたいに役人衆のいるところへ来て、
「どなたか上の方に、お眼どおりを許していただくわけにはまいりませんでしょうか」
「ハイハイ、御城主様でも公方様へでも、どなたへでもお取り次ぎを申しまするで、どうぞ、お屋敷でお待ちのほどを、願いあげまする」
 お蓮様は癇癪《かんしゃく》を起こして、
「マア、何を言うのでしょう。日光というところは、狂人ばかりそろっているのねえ。気味の悪い!」
 侍たちはドッとふきだして、
「イヤ、こいつは参った。まったく言われてみると、狂人のお守《も》りをしているわれらも、こう退屈では、いつのまにか気が変になろうも知れぬテ」
「なんですって? わたしを狂者ですと?」
「イエイエ、とんでもない! あなた様に対して、けっしてさような失礼なことを――」

       四

 何がなんだかわからないお蓮様、
「くどくお願いするようですけど、私ども母娘《おやこ》は、作阿弥をたずねてまいったもので」
「ソウラ! サクアミが始まった! あはははは、ワッハッハッハ」
 と一同は、腹をかかえて笑いくずれる。なかに一人、ごくものずきなのが、妙なかっこうでお蓮様の前へしゃしゃり出て、
「サクアミ様をおたずねなら、お会わせ申すはわけのないこと。日が暮れますと、あの太郎山の頂上に宵の明星がピカリ、ピカアリと光りまするナ……」
「オイオイ、よせよせ」
「そもそも、この、星が光ると申しますのは、お星様から下界へ向かって、青い糸を投げおろしまするので――サクアミ様はその糸にぶらさがって、スルスルスルッと降《お》りてきましてな。ホラ、あの杉の木のてっぺんへ、毎晩おくだりになりますよ、ヘッヘッヘ」
「よせと言うのに! 本気にされたら、また厄介じゃあないか」
 お蓮様はあっけにとられて、その剽軽《ひょうきん》な男の顔を穴のあくほどみつめている。
 ポカンと口をあけて。
 江戸を離れると、いたるところにお化けが出る――ということを聞いたけれど、どうしてこの日光には、こんな変てこな侍ばかり集まっているのだろう……。
 泣きたくなるような気持で、またションボリと家へはいると、ただ一人つけられている若い女中が背戸口から秋草を取ってきて、床の間に生《い》けています。お蓮様母子をなぐさめようという、やさしい心があるのかもしれない。
 お蓮さまはそのそばへすわって、
「ねえ、なんとかならないのかしら。お前、ひとっ走り造営奉行所へいって、上のほうのお役人様に……ああ、そうだったねえ。お前は唖だったねえ。ええイじれったいッ!」
 娘はニッコリ笑うばかりで、どこ吹く風といったように、活《い》けた秋草をながめては、そこここ葉をはらっている。
 焦慮とも、懊悩《おうのう》とも、いいようのない日がつづく。
 それでいて食事だけは、三度三度二の膳つき。
 たいせつな人柱。
 いざ用に立てるまでに、母娘もボッテリふとらせておこうという肚《はら》かもしれない。これじゃアまるで、市場へ出すのを楽しみに、豚を飼っているようなもの――。
 すると、ここに。
 人情というものは、まことに微妙なものです。
 仇敵《かたき》同士でも、ひとつ屋根の下に起き臥ししていれば、いつしかそこに、情がわく。ことに不具の者ほど、そういった人なつっこい気持は、強いと言います
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