、鋤《すき》や鍬《くわ》をかついで、おとし穴のふちへ集まってきた。
 左膳のおちこんだときのまま、張り渡してあった、うすい焼け板が、割れ飛んでいる。
 穴の底は、一段と闇が濃く、気のせいか、轟々と水音のこもって聞こえるのは、いよいよ三方子川の底が抜けて、地下室全体、水部屋になっているのか……。
 もう、左膳も源三郎も、ふくれあがった二個の溺死体に相違ない。水に押しあげられ、土の天井にはさまれて、いかに苦しい死を……そう思うと一同、さすがに、あんまりいい気持はしないので。
 穴の中からは、うめき声ひとつあがってきません。
 濁水をのむ墓。
 チョビ安の姿も、すでに付近に見えない。人っ子ひとりいないので安心しきった七、八人、すぐ仕事にとりかかればいいのに――。
 今のいままで、物置小屋でさんざん飲んできた祝い酒。
 それが戸外《そと》へ出て、ドッと夜風に吹かれると同時に、一度に発した酔い。
「マア、そうせくこともあるまい」
 ひとりの言葉をいいことに、みんな穴のまわりにすわりこんでしまった。そして、足で土くれを落としてみながら、気味わるそうにだまりこくっている。
 石をさがしに行った結城左京ら二、三人は、近くの暗中をウロウロしているらしく、帰ってくるようすもない。
「結城どの、石はあったかナ?」
 穴のふちから、たれかがきいた。と、
「石でふさがず、貴様らのからだでふさげばよい」
 うしろで、暗黒《やみ》が答えた。

       十二

 石で穴を埋めるかわりに、貴様たちのからだで埋めるから、そう思え……。
 太い濁声《だみごえ》が、闇からわいて!……。
 ギョッとしてとびのいた、穴のまわりの連中、暗黒をすかしておよび腰だ。
「お、おい、結城殿《ゆうきどの》、左京殿《さきょうどの》。何を冗談を言うのだ――」
 最初は、ほんとに、石をさがしにいった結城左京が、こっそり帰ってきて、ふざけているのだと思ったので。
「いいかげんうすッ気味のわるい役目を引き受けて、おっかなびっくりのところだ。おどかしっこなしにしようぞ」
 そんなことを言いながら、ふと思ったことは。
 どうも、声がちがう……?
 そのとたんに、
「ウフフフフフ、だいぶ胆をひやしたようじゃが、その調子では、墓埋めなどというすごい仕事はつとまるまいテ、わっはっはっは」
 また大声が、眼の前に爆発して、暗黒が凝《こ》ったかと見える一|塊《かい》の人影が、ノッソリ立ち現われた。
 それでも。
 穴のまわりのやつらは、まさかここへじゃま者が飛びこんでこようとは考えないから、あくまでも、仲間のひとりと思いこんで、
「石があったかと、きいているんだ」
「さっさと埋ずめて、引きあげようではござらぬか、結城氏《ゆうきうじ》」
 口々につぶやきながら、こわそうに二、三歩ずつ後ずさり。
 だが。
 結城左京にしては、チトからだが大きい。
 かれ左京、突然妙な服装《なり》をしてここにもどってきたのか――。
 この拍子に、暗がりで何も見えない彼らも、一時に合点がいったというのは。
 眼前の大きな黒法師の横から、子供の声がして、
「居候の小父ちゃん、この穴だよ、父上が落ちこんだのは! 早くこいつらを追っぱらって助けてちょうだいよ。ねえ、イソ的の小父ちゃん!」
「ヤヤッ! この子ッ?」
「ウム! 宵の口まで、この穴のまわりをうろつき、父上《ちゃん》、父上《ちちうえ》! と左膳を呼ばわっていたかの少年!」
 異口同音にさけんで、穴埋め組は、一度に鋤《すき》、鍬《くわ》などをふりかぶって身がまえた。
 黒い影の足もとから、小さな影が走り出て、おとし穴のふちへかけ寄り、
「父《ちゃん》! 父上! ヨウ! まだ生きているの?」
「オーイ、結城殿ゥ!」
 一同は、頭のてっぺんから出るような声で、しきりに仲間を呼び集める。
「石などは、もうどうでもよい。じゃまがはいった! こっちから先に片づけねば……」
「何イ? じゃまが?」
 あちこちの暗黒に声がして、散らばっていた結城ら二、三人が、あたふたこっちへ来るようす。
 泰軒先生はどうするかと思うと、この危機におよんでも手から離さず、トンガリ長屋から飛んでくる間ぶらさげてきた、例の一升徳利をかたむけて、グビリとひと口、飲んだものだ。まず、勢いをつけて……というわけ。
「こいつらア! あの丹下左膳てえ隻眼隻腕の化け物は、なるほど世の中に役にたたぬ代物じゃが、しかし、農工商をいじめながら徳川におべっかをつかう武士という連中にあいそをつかし、世を白眼視しておる点で、吾輩《わがはい》と一脈相通ずるところのある愉快なやつじゃ。それをなんぞや! 腕でかなわず、この奸計《かんけい》におとし入るるとは、卑怯千万……!」

       十三

 武器を持っていないのが、一|期《ご》
前へ 次へ
全108ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング