、ガラッ熊、鳶由《とびよし》、細野浪人、この四天王格。先頭にたって。
たいへんな助勢。
十
「それでは、われらは、この源三郎身がわりの焼死体と、偽のこけ猿の焦げた壺を守って、お蓮の方ともども、これよりただちに道場へ引っ返し、源三郎の死んだことと、こけ猿の壺なるもののもう世の中からなくなったことを、すぐにも発表する手はずだから、よいか、その方《ほう》どもは一刻を争い、このおとし穴を埋めてしまえ。手ぬかりのないようにいたせよ」
戸板にのせ、白布でおおった身がわりの死骸と。
真っ黒に焼けた、にせのこけ猿と。
この二つを先にたてた峰丹波の一行。
お蓮様を中に、さながら葬式の行列よろしく、闇をふくんで粛々《しゅくしゅく》と寮の焼け跡へさしかかった。
月のない夜は、ふむ影もない。
つい一昼夜前まで、このあたりにめずらしい、数寄《すき》をこらした寮の建物のあったあたり、焼け木が横たわり、水と灰によごれた畳、建具がちらばり……まだ焼け跡の整理もついていない。
何一つ落ちてもいないのに、食をあさる痩せ犬も、ものさびしい。
行列の殿《しんがり》をおさえて行く峰丹波ガッシリしたからだをそこで立ちどまらせて、穴埋めの役割の連中へ、そう最後の命令をくだした。
町人体、百姓風に扮した道場の弟子ども、いま、手に手に小屋にあった農具を持って、葬列を見送りかたがた、ここまでいっしょに来たところだ。
別れるのだ、ここで。
丹波とお蓮様は、悲しみの顔をつくって、殊勝《しゅしょう》げに、これからショボショボと妻恋坂へ。
残る穴埋め係の中から、宰領格《さいりょうかく》の結城左京《ゆうきさきょう》が進み出て、
「御師範代、御心配無用」
と丹波へ笑いかけ、
「これからすぐに埋めにかかれば、ナニ、さほどの仕事ではござりません。たちまちのうちにふさぎ得ましょうほどに、一刻ばかりの後には、途中で追いつくでございましょう」
「ウム、いそいでやってくれ。水はもう、だいぶ穴へたまっていることであろうな」
「むろん、すでに水浸しでござろう。この三方子川《さんぼうしがわ》の川底から、細き穴をうがち、はじめは点々と水のしたたるように仕組みおきましたが、その穴がだんだん大きくなり、ドッと水が落ちこんだにきまっています。今ごろは土左衛門が二つ、この地の底に……はっはっは」
「そこをまた土葬にするのじゃ。これでは、いかな伊賀の暴れン坊も、またかの丹下左膳といえども、二つの命がないかぎり、二度とわれらの面前に立つことはなかろう。いや、これで仕事はできあがったというものじゃ。では、われら一足先へまいるからナ」
言葉を残して、丹波の一行はそのまま、さながら悲しみの行列のように、底深い夜の道へと消えて行く。
お蓮様のみは、これでいよいよ源三郎が地底の鬼となるのかと思うと、さすがに、心乱れるようすで、
「今となって、源様を助けようとも思わなければ、また、もう手遅れにきまっているけれど、せめては、水につかった死骸なりと引きあげて、回向《えこう》を手向《たむ》け、菩提《ぼだい》をとむらうことにしたら……」
その声を消そうと、峰丹波は大声に、
「御後室様、おみ足がお疲れではございませぬか。サア、出発、出発!」
と、さけんだ。
十一
お蓮さまはそれでも、後ろ髪を引かれる思い。
「源様ッ!――源三郎さまッ!」
胸をしぼるような最後のひと声。
かけもどって、おとし穴をのぞこうとするお蓮様に、きっと眼くばせして丹波が下知。ほとんど手取り足取りにかつがんばかり……。
前後左右からお蓮様をとりかこんで、行列は、歩をおこして去った。
あとには、穴埋め役の一同。
生あたたかい風の吹く深夜の焼け跡に同勢七、八人、あんまり気持よからぬ顔を見あわせて、
「穴の底におぼれてるやつを、土で埋ずめりゃア、これほど確かな墓はねえ。目印に、捨て石の一つもおっ立てておいてやるんだな」
「後年、無縁仏《むえんぼとけ》となって、源三郎塚……とでも名がつくであろうよ」
しめった夜気に首をすくめて、誰かが大きなくさめ。
「ハアックショイ! そろそろ始めようではござらぬか」
「フン、気のきかねえ役割だ。こんな仕事は、早くすませるにかぎる」
「しかしなア、なるほど穴は、細いものにすぎぬが、下へいって、かなり大きな部屋に掘りひろげてあるというではないか。そこまで埋めるとなると、七人や八人では、朝までかかっても追いつくまい」
「そうだ、最初に、大きな石の二つ三つもころがしこんで、穴の途中をふさぎ、その上から土をかぶせればよいではないか」
それは思いつきだとばかり、結城左京《ゆうきさきょう》をはじめ二、三人が、手ごろの石を見つけにあたりの闇へ散らばって行く。
ほかのやつらは
前へ
次へ
全108ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング