った場合には、さっそく本人を小屋から出したのち、金剛《こんごう》、普賢《ふげん》両院の山伏をまねいて、そのあとを払いきよめることになっていた。
 そのほか、この日光御造営については、あらゆる場合に応じて、実にこまかいお定め書があったもので。
 やがて、この造営奉行所の表の間に、一枚の大きな掲示がはりだされた。所内を右往左往する人がドッと一時にそっちへかたまって行って、ワイワイ言ってあおぎ見ていますから、何かと思って読んでみますと……。
 今回の大修覆担当の諸職の貼り出し、
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大工頭《だいくがしら》    甲良宗俊《こうらむねとし》
大棟梁《だいとうりょう》    辻内大隅《つじうちおおすみ》
屋根方《やねがた》    大柳築前《おおやぎちくぜん》
彫物棟梁《ほりものとうりょう》   作阿弥《さくあみ》
画方《えがた》     狩野洞琢《かのうどうたく》
塗師《ぬし》     推朱《すいしゅ》平十郎
錺方《かざりがた》     鉢阿弥山城《はちあみやましろ》
鋳物師《いものし》    椎名兵庫《しいなひょうご》
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 このとおり、当時の名人巨匠を網羅した中に、ちゃんとわがトンガリ長屋の作爺《さくじい》さんが加わっているのだ。
 このほかに。
 本社《ほんしゃ》は大工が誰で、蒔絵《まきえ》が円斎《えんさい》、拝殿、玉垣《たまがき》、唐門《からもん》、護摩堂《ごまどう》、神楽殿《かぐらでん》、神輿舎《みこしや》、廻廊、輪蔵《りんぞう》、水屋《みずや》、厩《うまや》、御共所《おともじょ》……等、それぞれ持ち場持ち場にしたがって、人と仕事がこまかにわかれている。
 ちょうどこのとき。
 この造営奉行所の奥深く、人を遠ざけてたった三人、五|徳《とく》の脚《あし》のようにすわっている影があった。

       四

 人柱《ひとばしら》ということがあります。
 今この言葉は、単に、犠牲とか身を埋め草にするとかいう抽象的な意味に使われていますが。
 むかしは実際にあったのです。この人柱ということが。
 もっとも、確かな史実が残っているわけではないが、各地方のいろいろな伝説や口碑《こうひ》で、事実、人ばしらのことがおこなわれたと信ずべき節があるのです。
 大建築や大土木工事の場合に、あるいは土台をかためるために、あるいは、迷信から来て神の意を安んじようという心から、生きた人間を柱の根へ打ちこんだり、橋杭《はしくい》をだかせたまま河へ沈めたりする……これを人柱という。
 なかでも、有名なのは――。
「雉子《きじ》もなかずば射たれまい」の長柄川《ながらがわ》の故事で、これは誰でも知っていますが。
 弘仁《こうにん》のころとか、長柄川に橋をかけようという大工事です。何千という人夫、大工を使い、幾万の費用をつぎこんでも、濁流とうとうと渦まいて、水の力はおさえるべくもありません。さかまく水勢をながめて、拱手《きょうしゅ》傍観のありさま。
 橋はいつできるかわからない。
 赤手空拳《せきしゅくうけん》の人間力と、自然とのたたかい――あふれんばかりの大河をはさんで、木材や石をかついだ烏帽子《えぼし》水干《すいかん》の人たちが、蟻《あり》のように右往左往する場面を想像してください。
 すると……。
 誰いうとなく、水神《すいしん》に人柱をささげねば、橋はとうていかかりっこないという噂が、両岸の群集のあいだにとんだのです。
 そこで。
 この人柱になるべき者をとらえるために、関所を設けて、長柄《ながら》の役人が詰めているところへ、たまたま通りかかったのが垂水村《たるみむら》の岩氏《いわうじ》という人。
「なんの騒ぎです」
 と人々にきいた岩氏は、よせばいいのに、
「ははア、それはなんでもないことじゃ。袴《はかま》に継《つ》ぎのある者を見つけだして、それを人柱にすればよい。なんと名案であろうがな」
 と言った。
 いいだしたものが当たるというのは、よくあることで、袴のつぎとはおもしろい思いつきだというので、一同がめいめいの袴をあらためてみると。
 なんと! 岩氏自身の袴に横継ぎがあった。で、否応《いやおう》なしにつかまえられて、岩氏はこの長柄川の人柱にされてしまったのです。
 この岩氏の娘に、非常な美人があった。父の弔《とむら》いに大願寺を建て、一生孤独で終わろうとしたのだったが、その並みならぬ容色にこがれて言いよる若者のうちで、ひときわ熱烈なひとりの情にほだされて、河内《かわち》の禁野《きんや》の里に嫁《か》したのです。
 しかし、父の最期にこりて、口はわざわいのもととばかり、かたく口をとざして唖《おし》でおしとおしたので、いくら惚れた男でも、これでは人形といるようでおもしろくない。
 結婚解消……となって、女は垂水
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