れがそのまま、すてきもないポーズになる。
 早い話が、今この伊賀の若侍。
 あらたまったようすで、お褥《しとね》の上に御紋付の膝をならべ、お脇息《きょうそく》を引きつけているときは、兄対馬守とはまた別の、一風変わった貫禄がそなわっていて、我武者羅な若々しいなかにも、着飾った競馬馬のような男性美があふれるのですが。
 こうして、着流しでやくざ[#「やくざ」に傍点]に寝ッころがっているところは、また妙に御家人くずれみたいなひねった味が出て、女の子をポーッと上気《のぼ》せさせる。
 清元《きよもと》か何かうなりながら、片手の蛇《じゃ》の目《め》に春雨をよけて、ニッコリ辻斬りでもやりそうです。
 こんなことを考えながら、そばからこの源三郎の横顔を、ほれぼれと眺めているのは、お嬢様の萩乃だ。
「では、どうしても丹波をお斬りになりますの?」
 萩乃は、源三郎の寝姿へ団扇《うちわ》で風を送りながら、そうきいた。
 あの丹下左膳に連れられて、怖さとうれしさの交錯した不思議な気持で駈けつけた六兵衛の家に、病《やまい》を養っていた源三郎と、萩乃は、たえてひさしい対面をした。
 それが、どうして知れたのか、翌日の夕方、この道場から安積玄心斎、谷大八などが迎いに来て、源三郎ともどもここへ引き取られたのです。道場へ帰ってからは、この座敷に源三郎のそばにつききりで、まだ継母《はは》お蓮様や峰丹波をはじめ、不知火の人たちには、姿ひとつ見せずにいる。
 嫉妬にかられて、密告するつもりで知らせに来たあのお露は。
 案に相違! ながらく行方不明だった若殿のいどころを教えてくれた大恩人だというので、下へもおかぬ待遇《もてなし》ぶり。お礼とあって、大枚の金子《きんす》までいただき、源三郎と萩乃様が帰って来るちょっと前に、父六兵衛の家へと、鄭重《ていちょう》に送りかえされた。
 ちょうど萩乃源三郎と入れ違いに、なにが何やらサッパリわからないお露、狐につままれたような気持で父の家へ送られて行きましたが、これで見ると、この娘は、無意識のうちに、源三郎をふたたび道場へかえす役目を果たしたのです。そして、今後いかに、このお露が物語に現われてくるか?
 それは後日のことといたしまして。
 今。
 やっぱり丹波を斬るのか、ときいた萩乃の言葉に、源三郎は無精ッたらしく首をねじむけて、
「彼が斬られるとかぎらぬサ。余が斬られるかもしれぬ」
「マア怖い!」
 萩乃は団扇《うちわ》で顔を隠して、
「そんなことになったら、あたくしどういたしましょう。でも、やっぱりあなた様のほうが、お勝ちになるにきまっていますわ」
 源三郎はこの萩乃を、いったいどう思っている? 愛しているのか、いないのか、誰にもさっぱりわかりません。
 そのときです……。
 雨戸の外の庭に、ポンポンと二つほど、手が鳴りました。

       二

 すぐ外の庭で、まるでかしわ手のように、手を打ち鳴らすのを聞いた源三郎は、ニヤッと笑って、
「拝んでやがらア」
 と、つぎの間の一人へ、
「丹波から返事が来たぞ」
 声に応じて、腰をかがめて縁側へ出て行った若侍が、しめ残してある雨戸から、庭前をうかがうと、すぐ下の沓《くつ》ぬぎの上に、緑の小枝が置いてあるのが、室内のもれ灯に浮かんで見える。
「なるほど、まいりました」
 若侍は笑って、手をのばしてそれを拾い上げた。
 明るいところへ持って来て見ると、葉のついた笹《ささ》である。
 墨痕《すみあと》のにじんだ紙切れが、ゆわいつけてある。
 源三郎は受け取って、
「今さら逃げを打つこともできまい。なんと言ってきたかな」
 そう言いながら結び目をといてその二、三行の文字へ眼を走らせた伊賀の暴れん坊、
「馬鹿な!……真剣勝負に判定がいるものか。斬られて死ぬほうが負けにきまってるじゃアねえか」
「おお怖い!」
 と、そばの萩乃が、両袖を抱くようにして顔をおおったのは、笑《え》みを含んでこう言いはなったときの源三郎の身辺に、一種言うべからざるすごみが、サーッと電光のように流れたからで。
 源三郎づきの伊賀侍のうちから、首領株の数人が、這いだすように膝で畳をすって、つぎの間から現われた。源三郎は紙片を振りまわして、
「コレ、これを見るがよい。丹波め、すっかり臆病神にとりつかれたとみえて、立ちあいの判定がなければことわると申してまいった」
 谷大八がのぞきこんで、
「フフン……お申しこしの儀は、真剣勝負とは申せ、柳生一刀流と不知火十方流のいわば他流仕合いにつき、相互の腕以上の判定者を立ちあわしむるを至当《しとう》とす。よって判定者として適当なる人なき場合には、せっかくながら御辞退申すのほかなく――ハッハッハッハ、峰丹波、今になって命が惜しいと見えるな。虫のよいことを申してまいったわイ」
 横合
前へ 次へ
全108ページ中74ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング