げて、かあいいしな[#「しな」に傍点]をしながら、左の手で右の袂《たもと》をだき、右の人さし指でむこうを指さす動作《しぐさ》をする。
 見物は感《かん》に堪《た》えて、見ています。
「ちょいと聞くから」で、その手を返して、お地蔵さんの肩をたたく手つき。「教えておくれ」のところは、胸に両手を合わせて、身をもむように、一心に頼むこころを表わす。
「涎《よだれ》くり進上《しんじょう》、お饅頭《まんじゅう》進上《しんじょう》」と、お美夜ちゃんは涎くりの手まねやら、お饅頭をこねたり、餡《あん》をつめたり、ふかしたりの仕草《しぐさ》、なかなかいそがしい。
「オウ、姐《ねえ》ちゃん、その饅頭をこっちへもひとつ」
「二人とも親なし児なんですってねえ。マア、なんてかあいそうな」
「ちょいと乙《おつ》な手つきでげすな」
「コレ、およしちゃん、この兄《にい》ちゃんも姉《ねえ》ちゃんも、お父《とう》さんもお母《かあ》さんもないんですとさ。それを思ったら、こうして母《かあ》ちゃんにだっこしているよしちゃんなんか、ほんとにありがたいと思わなくちゃあいけませんよ」
 とこれを機会に、親の恩をひとくさりお説教する町のおかみさんもある。
 唄が佳境にはいってくると、しみじみ身につまされるチョビ安、思わず、自分とじぶんの声に引きいれられて涙ぐみ、一段と声をはりあげて、
「あたいの父《ちゃん》はどこへ行《い》た
 あたいのお母《ふくろ》……」
「小僧め、唄いながら泣《な》いてやがら」
「ヤイヤイ、唄うのと泣くのと、別々にしねえナ」
「何を言やんで、とんちきメ! 情知らず! この兄《あん》ちゃんの身にもなってみねえ。好きや道楽で町に立って、こんなことをしてるんじゃアねえや。親をさがしあてようッて一心なんだ」
「そうとも、そうとも! そんな同情《どうじょう》のねえことをぬかすやつア、江戸ッ子の名折《なお》れだ。オ、見りゃあ、伊勢甚《いせじん》の極道息子《ごくどうむすこ》じゃアねえか。てめえなんかに、この兄《あん》ちゃんの心意気がわかってたまるもんけエ。代地《だいち》ッ児《こ》の面《つら》よごしだ。たたんじめエ!」
 あやうく喧嘩が始まりそう。
「エエ、じれったいお地蔵《じぞう》さん」の唄声に合わせて、お美夜ちゃんは両の袂を振りまわし、さもじれったそうな態度《こなし》よろしく、「石では口がきけないね」で口に両手を重ねて、身もだえしながら狂乱の体《てい》……これでおしまいです。
 チョンと鉦《かね》を打ち上げたチョビ安、
「オオ、お立ちあいの衆、この中にも、親の気も知らずに悪所通いに身をもちくずして、かけがえのねえ父《ちゃん》やお母《っか》あに、泣きを見せているろくでなしが、一匹や二匹はいるようだが、おいらの唄で、胸に手を置いてとっくり考えてみるがいいや。なあ、お美夜太夫」
「ええ、そうよ、そうだともサ」
 と美夜ちゃんは、なんでも合いづちを打つ役目。
 群衆がちょっとしんみりしたところをねらって、チョビ安大声に、
「ヤイヤイッ! 何をポカンとしてやがるんでエ! おいらもお美夜ちゃんも、おまんまをいただかずに踊ったり唄ったりしてるんじゃアねえや。と、これだけ言ったらわかろうじゃねえか。サア、たんまりお鳥目《ちょうもく》を投げたり、投げたり! チャリンといい音《ね》のする小判の一|枚《めえ》や二|枚《めえ》、降ってきそうな天気だがなア」
 と、大きなことを言う。
 投げ銭の催促です。

       三

「オウ、こちとらアナ、何もてめえッちに感心してもらおうと思って、唄ったり踊ったりしてるんじゃねえや」
 チョビ安は、小さな握りこぶしで、鼻の頭をグイとこすり上げながら、
「エコウ、ほめてばかりいねえで、銭を投げなってことヨ。オイそこへゆく番頭さん、金を集める段になって、逃げるッてえテはねえぜ。なんでエ、しみったれめ!」
 一流の毒舌が、チョビ安の場合にはかあいい愛嬌《あいきょう》となって、あっちからも、こっちからもバラバラッと小粒が飛ぶ。
「むやみにほうらねえで、どうせのことなら、おひねりにしてくんねえ。お賽銭《さいせん》じゃアねえんだ」
 拾い集めた小銭を、両手の中でお美夜ちゃんの耳へ、ガチャガチャと振ってみせて、
「太夫さん、お立ちあいの衆がこんなにお鳥目をくだすったよ。お美夜ちゃんからも、お礼を言ってくんねえナ」
「まア、ほんとうにありがとうございます」
 お美夜ちゃんは恥ずかしそうに、唐人髷《とうじんまげ》の頭を、まんべんなくまわりへ下げる。
 そのあいだチョビ安《やす》はうしろの町家の天水桶《てんすいおけ》のかげにしゃがみこんで、地面へ敷いた手拭の上へ、
「一|枚《めえ》、二|枚《めえ》……」
 と銭を数え落としていたが、立ちあがって見物のほうへ向かい、
「オイ
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