」
「上様のお手で、一夜のうちにこの屋敷の隅に埋ずめた金額を――サア、まず、日光修覆にカッキリ必要なだけ。それより百両と多くもなく、また、百両とすくなくもないであろう」
「まずさようなところかと……なにしろ、あの愚楽老人のやることでございますから」
と主水正《もんどのしょう》は、はじめて微笑をもらした。
「田丸、上様に日光の金を出してもらうなどと、イヤ、とんだ恥をかいたの。だが、わが藩に金を使わせる気で、その金を御丁寧に、こっそり庭の隅に埋ずめておかねばならん羽目にたちいたったとは、徳川もいい味噌《みそ》をつけたものじゃ」
主水正はギョッとして、
「これッ、殿!」
と口で制しながら、眼は、鋭くかたわらのお藤へ。
その警戒を見てとって、お藤|姐御《あねご》はニッコリ、
「フン、あたしの前で、公方様の悪口を言ったって、なにもそんなに用心することはありゃアしない。将軍様にしろ、隻眼隻腕の浪人さまにしろ、お侍の悪口なら、こっちが先に立って言いたいくらいだよ」
「こういう女じゃ」
対馬守は愉快そうに笑って、主水正へ、
「別所信濃《べっしょしなの》へ、早々《そうそう》余の到着を知らせたがよいぞ」
三
元和《げんな》二年、家康が駿府《すんぷ》に死ぬと、はじめ久能山《くのうざん》に葬ったが、のちに移霊の議が起こって、この年の秋から翌年の春にわたって現在の地に建立されたのが、大猷廟《だいゆうびょう》をはじめ日光の古建築である。
これが元和の造営。
その後さらに、寛永に大改造が行なわれて、だいたい今見るような善美壮麗をきわめた建物となったのです。
この寛永の大造営には、酒井《さかい》備後守《びんごのかみ》、永井《ながい》信濃守《しなののかみ》、井上《いのうえ》主計頭《かずえのかみ》、土井《どい》大炊頭《おおいのかみ》、この四名連署の老中書付、ならびに造営奉行|秋元《あきもと》但馬守《たじまのかみ》のお触れ書が伝えられている。
寛永八年ごろから、ボツボツ準備して、実際の仕事に取りかかったのが十一年の秋。約一年半で、工事を終わった。その間に仮殿をつくり、遷宮をして、それから本殿の古い建物を壊し、そこへ新築したのだから、一年半でこれらの大工作が終わったとは、実におどろくほど神速であったと言わなければならない。
付属の建物は、その後にできたものも多いが、宝塔はこのとき石造りに改められ、その他、日光造営帳によると、本社を中心におもな建造物はみなで二十三屋、たいへんな事業でありました。
有名な水屋前の銅の鳥居も、この寛永寺の造築に、鋳物師|椎名兵庫《しいなひょうご》がつくったものであります。
この鳥居の費用が二千両、今《いま》でいうと七、八|万円《まんえん》だそうですから、いかに豪勢なものか想像にあまりある。
「まず、だいたいにおいて、この寛永の御造営を模《も》して、これにしたがってゆこうではござらぬか」
林念寺前の上屋敷、奥の広書院に客を招じた対馬守は、主客席が定まってひととおりの挨拶ののち、すぐこう言って、相手を見た。
相手というのは。
対馬守入府の通知を受けて、いま小石川第六天の自邸から、打ちあわせに来た別所信濃守です。
賄賂《わいろ》の出し方が少ないというので、今度の日光修営に、副役ともいうべきお畳奉行を当てられた人で。
屋敷の門を出るまで、
「名誉じゃ、名誉じゃ。イヤ、運の悪い名誉じゃテ」
と、ほとんどべそをかかんばかりだったが。
名指しを受けた以上、否応《いやおう》はありません。
くすぐったいような、泣き出しそうな顔で、いま対馬守の前にすわっている。
蒼《あお》い頬、痩せたからだ。金のかかるお畳奉行は、なるほど重荷に相違ない……貧相な人だ。
ここでひとことでも対馬守が、ほんとに今度はえらい目にあって――とでもいうようなことを言ったら、同病あいあわれむで、すぐ本音を吐《は》き、愚痴をならべ出す気の別所信濃守だが。
主役たる造営奉行の肚《はら》がわからないから、めったに不平《こぼ》すことはできない。
へたに迷惑らしいことをいおうものなら、公儀へ筒ぬけともかぎらないので。
対馬守も同じ心だ。
たぶんまいっているのだろうとは思うが、相手の気持がハッキリしないので、うち明けて、どうも困ったことに……とは言えない。
「諸侯のうらやむお役を引き当てましたことは、一身一藩の栄誉、御同慶至極に存じまする」
「さようで。拙者一度は、この日光のおつとめをいたしたいものじゃと、こころがけておりましたが、やっとその念願がとどいたわけで」
と二人は、しごくまじめ顔だ。
本心をさぐり合うような眼を交わしている。
「ところで――」別所信濃守は言いにくそうに、しばらくモジモジしていたが、
「あの、おしたく
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