》は見つからぬワ、という御当家にとり危急存亡の場合、ともかく、このお庭隅に一夜づけに埋ずめました金銀を掘り出しまして、さっそくの御用にあい立てましたほうが、策の得たるものかと存じまして――」
 対馬守は、不機嫌に黙りこんだ。
 これは主水正の言うとおりで――将軍吉宗の考えとしても、日光に事よせて、隠してある金を使わせるのが目的。こけ猿がなければ日本一の貧乏藩に、大金のかかる日光を押しつけて、柳生家を取り潰してしまおうというのは、決して本意ではない。
 柳生だって、ない袖は振られぬから、そこで、どんな騒動が持ちあがらないともかぎらない。苦しまぎれに暴れだして、天下の禍根とならないともかぎらない……というので、今になって、いわば救いの手をさしのべたわけだ。
 これは、愚楽老人と大岡越前守の献策。
 いかに剛情我慢の対馬守でも、今の場合、これをこけ猿によって得たもののごとくよそおって、掘り出さざるをえない。
「いつもながら上様のおこころ配り、行きとどいたものじゃ。ありがたいかぎりじゃテ」
 苦笑を浮かべてつぶやいた対馬守は、やがて、声をひそめて、
「そこで田丸、真《しん》のこけ猿じゃが――まだわからぬかの?」
「は、なにぶんどうも、偽物《ぎぶつ》ばかり現われまして……いつどこで紛《まぎ》れて、何者の手に入りましたやら、とんと行方知れずにあいなり、まことに遺憾至極ながら、手前、勘考いたしまするに、こけ猿なるものは、もはや世にないのではないかと……」
「なに、もはや世にない?」
 眼を怒らせた対馬守が、老家老を睨《ね》めつけたとき、
「オヤ、殿様、こちらでしたか。あら、このお爺さんは?」
 伝法な女の声が、横手のふすまをあけて、このお上屋敷の主従対座の席へはいってきた。
 人を人とも思わない言葉に、主水正がびっくりして見あげると、櫛巻お藤!……ということは、もとより田丸主水正は知らない。
 椎《しい》たけ髱《たぼ》にお掻取《かいと》り、玉虫色の口紅《くちべに》で、すっかり対馬守お側《そば》つきの奥女中の服装《なり》をしているが、言語《ことば》つきや態度は、持ってうまれた尺取り横町のお藤|姐御《あねご》だ。
 それが、くわえ楊枝《ようじ》でぶらりとはいってきて、殿様の横へべったりすわったんですから――いかさま妙な取りあわせ。
 田丸老人がおどろいたのは、もっともで。
「殿、この女《もの》はいったい――旅のお慰みとしても、チトどうもお見苦しくは……」
「イヤ、さような儀ではない。いたって野育ちの女芸人、余にチト考えがあって、かように虜《とりこ》にいたしておくのじゃ。側女《そばめ》などでは断じてない。安心せい、安心せい」
「ホホホ、お大名のお妾なんて、そんな窮屈な役目は、こっちからこそごめんだよ。お爺さん、安心おしよ。なんてキョトンとした顔してるのさ」

       二

 対馬守は、ふと思い出したように、
「源三郎はいかがいたした」
「ハイ、それが、その、実は……」
 と主水正は、言いよどんだが、
「たびたび御書面をもって、上申《じょうしん》つかまつりましたとおり、司馬《しば》先生生前より、妻恋坂の道場に容易ならぬ陰謀がありまして――」
「イヤ、それは聞いた、聞いた。その後どうなったかとたずねておるのじゃ」
「あくまで源三郎さまを排除申しあげんという一味の秘謀らしく、源三郎様には、先ごろより行方知れずになられ――」
 それを知りながら、なぜ腕をこまねいておるかッ? 高大之進《こうだいのしん》をはじめ、腕ききの者をそろえて出府させてある。それよりも、源三郎つきの安積玄心斎《あさかげんしんさい》、谷大八《たにだいはち》等は、いったい何をしておるのじゃッ!……と、頭ごなしにどなりつけられるかと主水正首をすくめて、今にも雷の落ちるのを待っている気持。
 と。
 笑いだしたのだ、対馬守は、肩をゆすぶり、腹をかかえて。
「はっはっは、イヤ、心配いたすな。あの源三郎にかぎって、自分の身ひとつ始末のできん男ではない。ことには、玄心斎と申す老輩もついておること。司馬道場の儀は、源三郎にまかせておけばよい。婿にやった以上、いわば彼の一家内の紛争じゃ。それくらいの取りしきりができんようで、この対馬の弟と言われるか、アッハッハッハッ」
 剛腹な笑いを頭から浴びて、主水正は、ホット助かった心地――相変わらず太っ腹なお殿様だと、たのもしさが涙とともにこみ上げてくる。
 ふと対馬守は、遠いところを見るような眼《まなこ》になって、
「どこにいるかの……源三郎は、この兄の出てまいったことも、知らぬであろう。からださえ達者なら、大事ないが……」
 あらそわれぬ兄弟の情です。
 が、対馬守はそれを振りきるように、ふたたび主水正へ、
「当ててみようかノ?」
「何を、でございます
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