かけて、お美夜ちゃんがにわかに涙ぐむようすなので、越前守はやさしくのぞきこみ、
「コレ、いかがいたした。その孤児のチョビ安とやらが、どうしたというのじゃ」
お美夜ちゃんはすすりあげて、
「あたい、自分の物なんか何もいらないの。お人形も、お着物《べべ》もいらないから、そのチョビ安兄ちゃんのお父《とっ》ちゃんとお母《っか》ちゃんを、探しだしてくださらない?」
チョビ安を思う純真な気持……子供ながらも、それが眉のあいだに漂っているのを、忠相はじっとみつめていたが、
「ウム、このお奉行のおじちゃんが引き受けた。きっと近いうちに、そのチョビ安とやらの両親を見つけだしてやるであろう」
「ありがとうよ、小父ちゃん」
お美夜ちゃんはもう涙声で、
「まあ、そうしたら、チョビ安兄ちゃんは、どんなに喜ぶことだろう!」
「ウム、明日《あす》かならずお美夜ちゃんにも、うれしいことがあるぞ」
と忠相は、手をうって用人の伊吹大作を呼びよせた。そして駕籠を命じて、すぐお美夜ちゃんをトンガリ長屋へ送らせたのだったが……。
この越前守様の言葉は、翌日さっそく、あのお美夜ちゃんがいらないと言ったお人形やら、美しい着物やらの贈り物となって、あのきたない作爺さんの家へ持ちこまれ、ほんとうにお美夜ちゃんを狂喜させたのだった。
が、それは、あとのこと。
お美夜ちゃんを帰すとすぐ、急に、忠相《ただすけ》の顔に真剣の色がみなぎった。
「いつもながらたのもしい泰軒じゃ。言葉を番《つが》えたことは、かならず実行する。どうして手に入れたか知らぬが、四方八方から眼の光っておるこのこけ[#「こけ」に傍点]猿、よくも泰軒の手に落ちたものじゃ」
忠相は壺をかかえて、静かに居間へもどった。
燭台《しょくだい》を引き寄せて、壺の蓋をとった。
この壺のなかには。
柳生の先祖がどこかに埋ずめてある、何百万、何千万両かの大財産の所在《ありか》を示す古い地図が、はいっているはず。
そして。
その秘図一つに、いまや柳生一藩の生命がかかり、また、いつの世も変わらぬ我欲妄念《がよくもうねん》の渦がわきたっているのだ。
パッと壺の蓋をとった越前守、中をのぞいた。
と、何ひとつはいっていないではないか!
灯のほうへ壺の口を向けて、もう一度中をしらべてみた。
狭い壺のなか、一度見てないものは、二度見てもない。すると、
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