んに、障子をとおしてほのかな燭台の灯が踊る。
忠相はにこやかに、片手で壺の風呂敷をときながら、
「ウム、そのトンガリ長屋なら、おまえをここへ使いによこした人は蒲生泰軒《がもうたいけん》……泰軒小父ちゃんであろう」
「うん、よく知ってるね、この壺をお奉行様に、お渡しするようにって――」
「おお、よしよし」
忠相はお美夜ちゃんの頭をなでて、
「よくこの夜中に、ひとりでお使いにこられたな」
言いつつ、パラリと風呂敷をとき、桐箱の紐をほどき、箱の蓋《ふた》をとり、ソッと抜き出した壺から、スガリをはずして、もう、その手は壺の蓋にかかっている。
「おまえの名は、なんという」
「あたい、作《さく》お爺《じい》ちゃんとこのお美夜ちゃんっていうんですの」
壺の蓋をとった忠相は、そっと中をのぞいて見た。
部屋の洩れ灯なので、よくは見えない……。
なんだか底のほうに赤ちゃけた紙きれが入っているようでもあり、また、何もないようでもあり――。
いずれ、後で明るい部屋で、ユックリ見直すことにしようと、忠相はそのまま蓋をかぶせつつ、
「ウム、お美夜ちゃんか。かわいい名じゃのう」
「ええ、みんながそう言うわ」
「何をごほうびにやろうかの? 泰軒小父ちゃんのお使いをして、この小父ちゃんのところへ、こんなりっぱな壺を持ってきてくれたお礼に、何かすばらしいものをあげたいのじゃが……」
急に眼をかがやかしたお美夜ちゃん。
「ほんと? ほんとになんでもごほうびくれる?」
と、念をおしました。
四
忠相はうち笑って、
「念をおすには及ばないよ。嘘は泥棒のはじめという。世の中から、その泥棒をなくするのが、このおじちゃんの務《つと》めなのだ。わかるかな?」
お美夜ちゃんは、縁に足をブラブラさせながら、かわいい合点《こっくり》をする。
越前守はニコニコつづけて、
「そのお役目のこの小父ちゃんが嘘をいうはずはないではないか」
「そうねえ。なら、あたいの言うこと、なんでもしてくれる?」
「言うまでもない、なんでもきいてやろう」
「じゃ、お願いしてみようかしら」
「オオ、いかなることでも申してみるがよい」
「じゃアね」
と、お美夜ちゃん、仔細らしくちょっと考えて、
「あたいの仲よしにね、チョビ安さんって、とても元気な、おもしろい兄ちゃんがいるのよ。孤児《みなしご》なの」
言い
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