けて役人どもが、出かけてくるところだと言いふらしたら、かかりあいになるのを恐れて、そのまま逃げちっていった。アハハハハハ」
まったく。
高大之進《こうだいのしん》の尚兵館組《しょうへいかんぐみ》と、結城左京《ゆうきさきょう》等の道場立てこもりの一統とは、底も知れない穴へ左膳がおちこんだのをこれ幸いと、泣きさけぶチョビ安をそのままに、そうそう引きあげてしまったのだ。
この物置小屋から出ていった司馬道場の弟子どもが、町人、百姓姿の口々から、役人きたるとさけんだのに驚いて。
また、その左膳のおちた地中に、自分らの探しもとめる主君柳生源三郎が、同じくとじこめられていようとは、夢にも知らずに。
「父上! あがってこられない? 父上!」
と、それからチョビ安は、こう叫びつづけて、穴の周囲を駈けてまわっているうちに。
めっきり長くなった日も、ようやく夕方に近づき、三方子川の川波からたちのぼる薄紫の夕闇。
穴は、ポッカリ地上に口をひらいて、暗黒《やみ》をすいこんでいるばかり……のぞいてよばわっても、なんの答えあらばこそ。
子供の力では、どうすることもできないのだ。
「父《ちゃん》! ああ、どうしたらいいだろうなア」
チョビ安は気がふれたように、地団駄《じだんだ》をふむだけだ。
とやかくするうちに――はや、夜。
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「むこうの森の権現さん
ちょいときくから教えておくれ
あたいの父《ちゃん》はどこへ行った……」
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うらさびしい唄声が、夜風に吹きちらされて、あたりの木立ちへこだまする。
「ほんとに、あたいほど不運な者があるだろうか。産みの父《ちゃん》やおふくろの顔は知らず、遠い伊賀の国の生れだということだけをたよりに、こうして江戸へ出て――」
チョビ安、穴のふちに小さな膝ッ小僧をだいてすわりながら、自分を相手にかきくどく言葉も、いつしか、幼い涙に乱れるのだった。
「こうして江戸へ出て、その父《ちゃん》やおふくろを探していたが、なんの目鼻もつかず、そのうちに、この丹下左膳てエ乞食のお侍さんを、仮りの父上と呼ぶことにはなったものの、その父上も、とうとう穴の中に埋められてしまっちゃア、もぐら[#「もぐら」に傍点]の性でねえかぎり、どうも助かる見込みはあるめえ」
ちょうどチョビ安が、こんな述懐にふけっている最中。
ここをいさ
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