すでに左膳のもとへ――。
その左膳の手へうつった壺もお藤姐御のために、通りすがりの屑屋へおはらいものになって。
今は?
どこにあるかわからない。
……とは、峰丹波、知らなかった。
計略が図に当たって、源三郎を罠《わな》へ落としこんだのみならず、何かと邪魔になる丹下左膳まで、飛んで火に入る夏の虫、自分から御丁寧にも、その穴へ飛びこんでくれたのだから、これこそほんとうに一|網打尽《もうだじん》である。
このうえは。
深夜までここにじっとしていて世間の寝しずまるのを待ち、一同で手早く、地面から地下へ通ずるあの三尺ほどの竪坑《たてあな》を埋めてしまえばいい。
そうすれば。
人相も知れないほどに焼けただれた、あの若侍の死骸と、壺を、源三郎とこけ猿ということにして、本郷の道場へ持って帰る。
もうその手はずがすっかりととのって、いま、この納屋の一隅には、白布をきせたその焼死体と、焼けた茶壺とが、うやうやしく置いてあるのだ。
峰丹波、今宵ほど酒のうまいことのなかったのも、むりはない。
狭い物置小屋に、一本蝋燭の灯が、筑紫《つくし》の不知火《しらぬい》とも燃えて、若侍の快談、爆笑……。
さては、真っ赤に染めあがった丹波の笑顔。
だが、その祝酒の真ん中にあって、お蓮様だけは、打ち沈んだ表情《かお》を隠しえなかったのは、道場を乗っ取るためとはいいながら、かわいい男をだまし討ちにした自責の念にかられていたのであろう。
すると――。
この騒ぎのきれ目切れ目に、どこからともなく風に乗って聞こえてくるのは、異様な子供のさけび声。
「父《ちゃん》?……父上《ちちうえ》! 父上!」
一同は、フト鳴りをしずめた。
「まだ吠えておるゾ。かの餓鬼め!」
だれかが歯ぎしりしたとき、ふたたび、悲しそうなチョビ安の声が夜風にただよって――。
「父上! 聞こえないのかい? 父上!」
三
遠くのチョビ安の声に、鳴りをしずめて聞きいっていた不知火の連中は、
「伊賀のやつらは、あの子供をそのままにして行ってしまったとみえるな」
「ウム、いかに連れ去ろうとしても、あの、左膳の落ちた穴のまわりにへばりついておって、どうしても離れようとせんのだ。だいぶ手古摺《てこず》っておったようだが」
「そこへ、町人体に姿をやつした拙者らが、弥次馬顔に出かけていって、斬りあいを聞きつ
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