ごとく天空をも翔《か》けんず尤物《ゆうぶつ》。
これをおいて、ほかにモデルはない。その足曳が、今この日光の山奥の仕事小屋に、連れこまれて、燃えあがるような作阿弥老人の制作欲の対象に置かれているのだ。
「さア、かいば[#「かいば」に傍点]をやろうなア」
と作阿弥は、まるで人にものを言うように、しきりにたてがみをなでながら、
「こんどは、ぐっと首を上げて、正面をにらんでいてくれよなア」
やさしく頼むように言うのですが、いくらりこうな馬でも、そう注文どおりにはいきません。
道具をほうり出した作阿弥は、すこし離れて、なかば彫りかけた首の像に、見いっている。
首から胴は一本で、刻みのあとの荒い馬の姿が、なかばできかかったまま立っている。
が、この未成品、すでに惻々《そくそく》と人に迫る力をもっているのは、やはり、作阿弥の作阿弥たるゆえんであろう。
「ウウム、陽明門の登り竜と下り竜が、夜な夜な水を飲みに出るというなら、この、おれの彫った馬は、その竜を乗せて霧降《きりふ》りの滝をとび越せッ!」
「いや、みごとみごと!」
作阿弥のひとりごとに答えて、別の声がした。
馬が口を?
と、作阿弥が振りかえったとき――。
三
いつのまにこの谷へくだって来たのか、跫音《あしおと》もしなかったが、と、ギョッ! として作阿弥が、戸口を振りかえってみると……。
柳生対馬守。
家老、田丸主水正とただふたり、ほかに供もつれずに。
制作の進行ぶりを、おしのびで見に来られたものとみえます。
「どうかの? 足曳はおとなしくじっ[#「じっ」に傍点]として、写生の手本になっておるかの?」
と対馬守、手斧《ておの》や木くずや、散らかっている道具をまたいで、小屋へはいってきた。
半分板張りになっていて、むこうの土間に、殿の乗馬足曳が、つないである。
厩《うまや》のように、馬と同居しているのですから、ムッとした臭気《におい》が鼻をおそう。
それよりも、あわてたのは作阿弥で、彫刻が完成するまでは、誰にも見せたくない。殿様といえども、眼に触れさせたくないので、大いそぎで、ゆたん[#「ゆたん」に傍点]のような唐草模様の大きな布《ぬの》を、ふわりと、彫りかけの馬の像へかけてしまった。
そして、ひらきなおって、対馬守と主水正の主従を、おそろしい眼でにらみつけた。
「ちと無礼で
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