―という無言の相談だ。
 泰軒は、すぐその意を汲んで、
「あなたのお心ひとつじゃ、はたからはなんとも言えぬ」
「作爺ちゃん、どこかへ行くの?」
 のりだすチョビ安の尾についてお美夜ちゃんも心配げに、
「お爺ちゃん、どこへも行っちゃアいや!」
 作阿弥は、ふたたびチラと眼をあいて、幼い二人へ一瞥《いちべつ》をくれた。
 この老体。
 かつは病後のこと。
 遠い日光へ出かけて、精根のあらんかぎりをしぼりつくし、神馬を彫る! 自分の持っているすべてを、この一作へたたきこむのだ。全生命を打ちこみ、一線一線命をきざむのだ!……その彫りあがったときが、作阿弥の命のなくなるときにきまっている。
 この申し出を受けるとすれば、それは、死出の旅路。
 お美夜ちゃんとチョビ安の、二人のかあいい者とも、これが永《なが》の別れになる――。
 作阿弥は、迷っているのである。
 沈黙を破って泰軒が、思い出したように、主水正へ、
「それはそうと、どうして作阿弥どのがここにおられることを……イヤ、このトンガリ長屋の作《さく》爺さんが、作阿弥のかりの名であることを、尊台《そんだい》においてはいかにして見やぶられたかな?」
 主水正はしばしためらったが、
「神馬を彫らせて日光御廟に寄進《きしん》したいと、てまえ主人柳生対馬守が思いたたれたのですが、馬の彫刻といえば、誰しもただちに頭に浮かぶのが、この作阿弥殿。いつのころからか世にかくれて、巷にひそんでおられるとのこと……八方手をつくして捜索いたしましたなれど、皆目行方知れずで、これは、あきらめるよりほかあるまいと存じおりましたやさき、ある筋より、当長屋の作爺さんという御仁こそ、作阿弥殿の後身じゃともれ聞きましてナ」
 チョビ安が口をはさんで、
「ねえ、作爺ちゃん! お爺ちゃんは、ただのお爺ちゃんだよねえ。ただの、トンガリ長屋のお爺ちゃんで、そんな人じゃアないよねえ」
「ウム、そうじゃとも! ただの作爺さんだとも!」
 と作阿弥は、ニッコリうち笑み、
「田丸殿……と申されましたな。やっぱり拙者は、お聞きのとおり、ただの、このトンガリ長屋《ながや》の作爺じゃ。そのほうが無事らしい。せっかくのお申し出《い》でながら、この儀は、かたくおことわりするほかはござるまい。わしには、もう、鑿《のみ》を持てぬ……」
「その、ある筋とは?」
 と、泰軒が主水正にきいていた
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