荒山《ふたらさん》の桂《かつら》の大樹を、立ち木ながらに手刻《しゅこく》したものではござらぬ。のちに歌《うた》ケ浜《はま》においてその同じ桂の余木《よぼく》をもちいて彫《ほ》らせられたのが、くだんの薬師《やくし》の尊像《そんぞう》じゃとうけたまわっておる。ハイ、まことに古今《ここん》の妙作《みょうさく》」
泰軒先生が無言のまま、深くうなずいた。田丸主水正はお株を取られたかたちで、だまっている。
チョビ安とお美夜ちゃんは、常と違う作爺さんの態度に、いったい何事かと、あっけにとられて見まもるばかり。
「日光には、たしか弘法大師|御作《ぎょさく》の不動尊の御木像《おんもくぞう》も、あるはずじゃが、あれは、寂光寺《じゃくこうじ》の宝物でござったかナ?」
「は」
主水正は、かしこまって、
「そのほか、慈眼大師《じげんだいし》の銅製《どうせい》誕生仏《たんじょうぶつ》、釈尊《しゃくそん》苦行《くぎょう》のお木像《もくぞう》、同じく入涅槃像《にゅうねはんぞう》、いずれも、稀代《きだい》の名作にござりまする」
「うけたまわっております。命のあるうち、ひと眼拝観したいものじゃと、作阿弥一生の願いであったお品々じゃ」
「サ、それらをしたしく御覧になれようというもの。そのうえ、腕にまかせて神馬《しんめ》をお彫りなされば、それらの名品と肩をならべて、世々生々《よよしょうしょう》伝わりまするぞ、作阿弥殿……サおむかえの駕籠《かご》が、まいっております」
四
「さすがは柳生じゃ。世を捨てた名人を探しだして、一世一代の作を残させるとは、このたびの日光造営は、おおいに有意義であった。その作阿弥の神馬とともに、柳生の名も、ながく残るであろう……と上様からおほめ言葉のひとつも、いただこうというもので」
ここを先途《せんど》と主水正は口説《くど》きにかかる。
作阿弥はじっと眼をつぶったまま、身動《みじろ》ぎもしない。
その小さな老人のすわった姿が、この狭い部屋いっぱいにあふれそうに、大きく見えるのは、彼の持つ技《わざ》の力が、放射線のように、にわかに炎々《えんえん》と射しはじめたのであろうか。
「わしに、馬を彫って、後世へ残せという……」
口のなかで噛むように、作阿弥は、そうひとことずつ句ぎってつぶやきながら、そっと眼をあけて泰軒先生を見やった。
どうしたものであろう―
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