から、さながら名優の舞台を見るよう。
 早くもその手には、引き抜かれた一刀が、秋の小川と光って――。これが、不知火流でいう沖の時雨《しぐれ》。
 サッと水をきるように、そして、しぐれの一過するようにひらめくという、居合の奥許しなんだ。
 同秒……。
 今まで唖然としていた門弟一同の手にも、それぞれしろがねの延べ棒のようなものが、百目蝋燭の灯にチラチラと映えかがやく。剣林一度に立って、左膳をかこみました。
 萩乃は? お蓮様は? と見れば、すでにこのとき、女二人の影はありません。二、三の弟子や侍女に助けられて、血の予想に顔をおおったお蓮様と萩乃の跫音《あしおと》が、そそくさと乱れつつ、はるか廊下を遠ざかって行く。
 そのとき、司馬の一同、ギョッと声をのんだのは、四ツ竹のような左膳の笑い声が、低く、低く、道場の板敷いっぱいに低迷したからで。
「ウフフ、うふふ、そっちが同じ穴の狸なら、こっちは、おれと源三郎は、同じ穴の虎だ。恩も恨みもねえ伊賀の暴れん坊だが、左膳を動かすのは、義と友情の二つあるだけ。おれは源三郎になりかわって、すまねえが、丹波の首をもらいに来たのだよ」
 いつのまにか斬尖《きっさき》、床を指さしている濡れ燕……。
 下段の構えだ。

       二

 世の中に、こわいもの知らずほど厄介なものはありません。
 いま、抜刀を下目につけて、喪家の痩せ犬のように、曲《きょく》もなく直立している左膳の姿を眼の前にして。
 これを、組みしやすしとみたのが不知火流の若侍二、三人。
 おのが剣眼が、そこまでいっておりませんから、相手の偉さ、すごさというものがすこしもわからない……こわいもの知らずというのは、ここのことです。
「身のほど知らずのやつメ、鬼ぞろいといわれる当道場へ、よくも一人で舞いこみおったな」
「鎧櫃から化け物浪人とかけて、なんと解く――晦日《みそか》の月と解く。心は、出たことがない」
 なんかと、なかにはのんきなやつがあって、そんな軽口をたたきながら、もうすっかりあいてをのんでかかった気。
 抜きつれるが早いか、前後左右、正眼にとって――。
 よしゃアよかったんです。
 痩せこけた左膳の頬肉が、虫のはうようにピクピクと動いた。
「よいか。血の雨のなかを、縦横無尽に飛び交わしてくれよ濡れ燕」
 じっと自分の剣を見おろして、そうつぶやいたかとおもうと! 殺
前へ 次へ
全215ページ中70ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング