んずる宝物、かのこけ猿を進呈したというまでのことじゃ。今のうちなら、取り戻すことも容易でござろう」
「そうだっ! 是が非でも壺をとり返せっ!」
 対馬守は、もとよりこの意見です。なんとかして壺を手に入れねばならぬ!
 さっそく下山して、一間に休息させてあった田丸主水正を呼び出し、きいてみると、
「ハッ。金魚の……イエ、日光御用の儀にとりまぎれて、言上がおくれましたが、道中|宰領《さいりょう》安積玄心斎が江戸屋敷に出頭しての話によりますと、まだ源三郎様の御一行は、江戸の入口品川にとどまっていらっしゃる模様で、それにつきましては、司馬道場のほうと、何か話にくいちがいがありますようで――」
 思わず怒声をつのらせた対馬守、
「ナニ? 源三郎は、まだ品川にうろうろいたしておると? しからば、こけ猿の茶壺は、いまだ本郷の手へは渡っておらぬのだな?」
「それがソノ」
 と主水正自分の落ち度のように平伏して、
「同じく玄心斎の報告では、こけ猿のお壺は、つづみの与吉とやら申す者のために持ち出されて、連日連夜捜索中なれど、今もって行方知れずと……」
「何イ? 壺を、ぬ、盗まれたっ――!」

       七

 そのこけ猿の茶壺を、つづみの与吉の手から引っさらったのが、あの得体の知れないところてん売りの小僧、名も親もはっきりしないチョビ安で――
 そのまたチョビ安が与の公に追いつめられて、苦しまぎれに飛びこんだ橋下の掘立て小屋が、偶然にも、かの隻眼隻腕の剣鬼、丹下左膳の世をしのぶ住まい。
 何ごとかこの壺に、曰くありと見た刃怪左膳、チョビ安の身柄といっしょに今、こけ猿の茶壺を手もとに預かっているので。
 人もあろうに、左膳の手に壺が落ちようとは……。
 これは、だれにとっても、まことに相手が悪い。
 だが。
 そんなことは知らない柳生の藩中、対馬守をはじめ、家臣一同、こけ猿が行方不明だと聞いて、サッと顔いろを変えた。
 さっそく城中の大広間にあつまって、会議です。
「あの壺さえありますれば、なにも驚くことはござらぬ。危急存亡の場合、なんとかして壺を見つけ出さねば……」
「しかし、拙者はふしぎでならぬ。壺は昔から一度もひらいたことがないのか」
「いや、今まで毎年、宇治《うじ》の茶匠へあの壺をつかわして、あれにいっぱい新茶を詰めて、取り寄せておるのです。いつも新茶を取りに宇治へやった壺……厳重に封をして当方へ持ち帰り、御前において封切りの茶事を催して開くのです。そんな、一風の申すような地図など入っておるとすれば、とうに気づいておらねばならぬ」
「じゃが、それほど大切な図面を隠すのじゃから、なにか茶壺に、特別のしかけがしてあろうも知れぬ。とにかく、壺を手に入れることが、何よりの急務じゃ!」
「評定《ひょうじょう》無用! 一刻も早く同勢をすぐり、捜索隊を組織し、江戸おもてへ発足せしめられたい!」
 剣をもって日本国中に鳴る家中です。ワッ! という声とともに、広場いっぱいに手があがって、ガヤガヤいう騒ぎ……。
 拙者も、吾輩も、それがしも、みんながわれおくれじと江戸へ押し出す気組み。それじゃア柳生の里がからっぽになってしまう。
 黙って一同のいうところを聞いていた対馬守、お小姓をしたがえて奥へおはいりになった。するとしばらくして、祐筆《ゆうひつ》に命じて書かせた大きな提示が、広間に張り出されました。
 一、天地神明に誓いて、こけ猿の茶壺を発見すべきこと。
 一、柳生一刀流の赴くところ、江戸中の瓦をはがし、屍山血河を築くとも、必ずともに壺を入手すべし。
[#ここから2字下げ]
右|御意之趣《ぎょいのおもむき》……。
[#ここで字下げ終わり]
 源三郎につぐ柳門《りゅうもん》非凡の剣手、高大之進を隊長に、大垣《おおがき》七|郎右衛門《ろうえもん》、寺門一馬《てらかどかずま》、喜田川頼母《きたがわたのも》、駒井甚《こまいじん》三|郎《ろう》、井上近江《いのうえおうみ》、清水粂之介《しみずくめのすけ》ほか一団二十三名、一藩の大事を肩にさながら出陣のごとく、即夜《そくや》、折りからの月明を踏んで江戸へ、江戸へ……。

   足留《あしど》め稲荷《いなり》


       一

 品川や袖にうち越す花の浪……とは、菊舎尼《きくしゃに》の句。
 その、しながわは。
 東海寺《とうかいじ》、千|体荒神《たいこうじん》、足留稲荷《あしどめいなり》とそれぞれいわれに富む名所が多い。
 中でも、足どめの稲荷は。
 このお稲荷さんを修心すれば、長く客足を引きとめておくことができるというので、旅籠《はたご》や青楼《せいろう》、その他客商売の参詣で賑わって、たいへんに繁昌したもの。
 ふとしたことから馴染《なじ》んだ客に、つとめを離れて惹かれて、ひそかにこの足留稲荷へ願をかけた一夜妻もあったであろう……。
 その足留稲荷のとんだ巧徳《くどく》ででもあろうか。
 伊賀の暴れン坊、柳生源三郎の婿入り道中は、いまだ八ツ山下の本陣、鶴岡市郎右衛門方《つるおかいちろうえもんかた》に引っかかっているので。
 こけ猿の茶壺は、今もって行方知れず。植木屋に化けてひとり本郷の道場へ潜入して行った主君、源三郎の帰るまでに、なんとかして壺を見つけ出そうと、安積玄心斎が躍起となって采配を振り、毎日、早朝から深夜まで、入り代わり立ちかわり、隊をつくってこの品川から、江戸の町じゅうへ散らばって、さがし歩いて来たのだが――。
 一度は、佐竹右京太夫《さたけうきょうだゆう》の横町で、あのつづみの与吉に出あったものの、みごとに抜けられてしまって……。
 来る日も、くる日も、飽きずに照りつける江戸の夏だ。
 若き殿、源三郎の腕は、みんな日本一と信じているから、ひとりで先方へ行っていても、だれも心配なんかしない。何しろ、血の気の多い若侍が、何十人となく、毎日毎晩、宿屋にゴロゴロしているんだから、いつまでたってもいっこう壺の埓《らち》があかないとなると、そろそろ退屈してきて、脛《すね》押し、腕相撲のうちはまだいいが、
「おいっ! まいれっ! ここで一丁稽古をつけてやろう」
「何をっ! こちらで申すことだ。さァ、遠慮せずと打ちこんでこいっ!」
「やあ、こやつ、遠慮せずに、とは、いつのまに若先生の口調を覚えた」
 なんかと、てんでに荷物から木剣を取り出し、大広間での剣術のけいこをされちゃア宿屋がたまらない。
「足どめ稲荷が、妙なところへきいたようで」
「どうも、弱りましたな。この分でゆくと、もう一つ、足留稲荷の向うを張って、早|発《だ》ち稲荷てえのをまつって、せいぜい油揚げをお供えしなくっちゃアなりますめえぜ」
 本陣の帳場格子のなかで、番頭たちが、こんなことをいいあっている。
 品川のお茶屋は、どこへ行っても伊賀訛りでいっぱいです。そいつが揃って酔っぱらって、大道で光る刀《やつ》を抜いたりするから、陽が落ちて暗くなると、鶴岡の前はバッタリ人通りがとだえる。
 こういう状態のところへ、植木屋姿の源三郎が、ひょっこり帰ってきました。

       二

 立ち帰ってきた源三郎は、てっきり司馬先生はおなくなりになったに相違ない……と肚をきめて、二、三日考えこんだ末、
「おいっ、ゲ、ゲ、玄心斎、すぐしたくをせい。これから即刻、本郷へ乗り込むのだ」
 と下知をくだした。
 帰って来たかと思うと、たちまち出発――いつもながら、端倪《たんげい》すべからざる伊賀の暴れん坊の行動に、安積玄心斎をはじめ一同はあっけにとられて、
「しかし、若、本郷のほうの動静は、いかがでござりました」
「サ、さようなことは、予だけが心得ておればよい」
 不機嫌に吐き出した源三郎のこころの中には。
 三つも、四つもの疑問があるので。
 司馬道場で、じぶんが柳生源三郎ということを知っているのは、あの、見破ったつづみの与吉と、お蓮派の領袖峰丹波だけであろうか?
 あの可憐な萩乃も、あばずれのお蓮様も、もう知っているのではなかろうか……?
 だが、これは源三郎の思いすごしで、あのふしぎな美男の植木屋が問題の婿源三郎ということは、丹波が必死に押し隠して、だれにも知らせてないのです。
 お蓮さまや萩乃にはむろんのこと、門弟一同にも、なにも言わずにある。
 丹波が皆に話してあるところでは……。
 変てこな白衣《びゃくえ》の侍が、左手に剣をふるって、やにわに斬りこんできたので、健気にもあの植木屋が、気を失った自分の刀を取って防いでくれた。ところが、剣光と血に逆上したとみえて、その感心な植木屋が、あとでは左腕の怪剣士といっしょになって、道場の連中と渡りあったとだけ……そうおもて向き披露してあるのだ。
 だから、あの、星が流れて、司馬老先生が永遠に瞑目《めいもく》した夜、かわいそうな植木屋がひとり、乱心して屋敷を逐電した……ということになっているので。
 が、しかし。
 あれが音に聞く柳生源三郎か、あのものすごい腕前!――と自分だけは知っている峰丹波の怖れと、苦しみは、絶大なものであった。
 道場を横領するには、お蓮様と組んで、あれを向うにまわさねばならぬ。つぎは、どうやってあらわれてくるであろうかと、丹波、やすきこころもない。
 それから、源三郎のもう一つの疑問は、あの枯れ松のような片腕のつかい手は、そもそも何ものであろうか?……ということ。
 自分が一|目《もく》も二目もおかねばならぬ達人が、この世に存在するということを、源三郎、はじめて知ったのです。
 峰丹波には、この剣腕を充分に見せて、おどかすだけおどかしてある。もう、正々堂々と乗り込むに限る! と源三郎、
「供ッ!」
 と叫んで、本陣の玄関へ立ち出でた。黒紋つきにあられ小紋の裃《かみしも》、つづく安積玄心斎、脇本門之丞《わきもともんのじょう》、谷大八《たにだいはち》等……みんな同じ装《つく》りで、正式の婿入り行列、にわかのお立ちです。

   供命鳥《くめいちょう》


       一

「エ、コウ、剣術大名の葬式だけに、豪気《ごうぎ》なもんじゃアねえか」
「そうよなあ。これだけの人間が、不知火銭《しらぬいぜに》をもれえに出てるんだからなあ」
「おう、吉や、その、てめえ今いった、不知火銭たあなんでえ」
 夜の引明けです。
 本郷は妻恋坂のあたりは、老若男女の町内の者が群集して、押すな押すなの光景。
 きょう、司馬先生の遺骸が出棺になるので、平常恩顧にあずかった町家のもの一同、こうして門前からはるか坂下まで、ギッシリつめかけて、お見送りしようというのだが――中には、欲をかいて、千住《せんじゅ》だの板橋《いたばし》だのと、遠くから来ているものもある。
 欲というのは……。
 群衆のなかで、話し声がする。
「どうもえらい騒動でげすな。拙者は、まだ暗いうちに家を出まして、四谷《よつや》からあるいて来ましたので」
「いや、わたしは神田《かんだ》ですが、昨夜から、これ、このとおり、筵を持ってきて、御門前に泊まりこみました」
「おや! あなたも夜明し組で。私は、夜中から小僧をよこして、場所を取らせて置いて、いま来たところで」
「それはよい思いつき、こんどからわっしも、そうしやしょう」
「それはそうと、たいした人気ですな。もう始まりそうなものだが……」
 これじゃアまるで、都市対抗の野球戦みたいだ。
 それというのが。
 この司馬道場では。
 吉事につけ、凶事につけ、何かことがありますと、銭を紙にひねって、門前に集まった人たちに、バラ撒く習慣《しきたり》になっていて、当時これを妻恋坂の不知火銭といって、まあ、ちょっと大きく言えば、江戸名物のひとつになっていたんです。
 不知火銭……おおぜいへ撒くんだから、もとより一包みの銭の額《たか》は知れたものだが、これを手に入れれば、何よりもひとつの記念品《スーベニイル》で、そのうえ、禍《か》を払い、福を招くと言われた。マスコットとかなんとか言いますな、つまりあれにしようというんで、この司馬道場の不知火銭というと、江戸中がわあっと沸いたもんです。
 慶事《よろこび》には……
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