じゃアありませんか。それに、司馬の大先生は、いま大病なんですよ。きょうあすにも、お命があぶないんです。老先生がおなくなりになれば、あとはお蓮様の天下……ほほほ、それまでこの若様をお足どめして、かたがたようすをさぐるようにと、まア、あたしは、色じかけのお道具というところでしょうね」
「うぬっ、ここまでまいってかかる陰謀があろうとは――若っ、いかがなさるるっ」
 と! 瞬間、ニヤニヤして聞いていた源三郎、胡坐《あぐら》のまま、つと上半身をひねったかと思うと、その手に、ばあっ! 青い光が走って、
「あウッ!」
 いま歓《かん》を通じたばかりの女の首が、ドサリ、血を噴いて、畳を打った。播磨大掾《はりまだいじょう》水無《みな》し井戸《いど》の一刀はもう腰へかえっている。
 玄心斎、胆をつぶして、空《くう》におよいだ。

   耳こけ猿《ざる》


       一

 首のない屍骸は、切り口のまっ赤な肉が縮《ちぢ》れ、白い脂肪を見せて、ドクドク血を吹いている。二、三度、四肢《てあし》が痙攣《けいれん》した。
 首は、元結が切れてザンバラ髪、眼と歯をガッ! と剥いて、まるで置いたように、畳の縁《へ
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