の剃刀のように鋭い顔を、ニコニコさせて、黙っている。
「その妻恋坂のお女中が、何しにこうして姿をかえて、君の身辺に入りこんでおるのかっ? それが、解《げ》せぬ。解せませぬっ」
 怒声をつのらせた玄心斎、
「女ッ! 返事をせぬかっ!」
「うらないをしてもらっておったのだよ」
 うるさそうな源三郎の口調、
「なあ女。余は、スス、水難の相があるとか申したな」
 おんなは、ウフッ! と笑って、答えない。
「爺《じい》の用というのは、なんだ」
 と源三郎の眼が、玄心斎へ向いた。
「司馬の道場では、挨拶にやった門之丞を、無礼にも追いかえしましたぞ。先には、あなた様を萩乃さまのお婿に……などという気は、今になって、すこしもないらしい。奇《き》っ怪《かい》至極《しごく》――」
「女ア、き、貴様は、どこの者だ」
 女のかわりに、玄心斎が、
「故あってお蓮様の旨を体《たい》し、若のもとへ密偵《いぬ》に忍び入ったものであろう。どうじゃっ!」
「お察しのとおり、ホホホホ」
 すこしも悪びれずに、女が答えた。
「お蓮さまの一党は、継子の萩乃さまに、お婿さんをとって、あれだけの家督をつがせるなんて、おもしろくない
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