見つかっては、し、仕方がない」
と言った。そして、女を押し放そうとしたとき、
「門之丞めが戻りおって、申すには……」
言いかけた玄心斎、ぽうっと浮かんでいる女の顔へ、眼が行くなり、
「ヤヤッ! 此奴《こやつ》はっ――!」
呻いたのです。
四
藍《あい》の万筋結城《まんすじゆうき》に、黒の小やなぎの半えり、唐繻子《とうじゅす》と媚茶博多《こびちゃはかた》の鯨《くじら》仕立ての帯を、ずっこけに結んで立て膝した裾のあたりにちらつくのは、対丈緋《ついたけひ》ぢりめんの長じゅばん……どこからともなく、この本陣の奥ふかく紛れこんでいたのだが、その自《みずか》ら名乗るごとく、旅のおんな占い師にしては、すこぶる仇《あだ》すぎる風俗なので。
「若は御存知あるまいが、この者は、妻恋坂司馬道場の奥方、お蓮さまの侍女《こしもと》でござる。拙者は、先般この御婚儀の件につき、先方へ談合にまいった折り、顔を見知って、おぼえがあるのだ」
お蓮さまというのは、司馬老先生の若い後妻である。玄心斎の声を、聞いているのか、いないのか――黒紋つきの着流しにふところ手をした源三郎、壁によりかかって、そ
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