り》にのっている。
血の沼に爪立ちして、源三郎、ふところ手だ。
「硯《すずり》と料紙をもて」
と言った。
なにも斬らんでも……と玄心斎は、くちびるを紫にして、立ちすくんでいた。
門弟たちは、まだ源三郎をさがしているのだろう。シインとした本陣の奥に、廊下廊下を行きかう跫音《あしおと》ばかり――この行燈部屋の抜き討ちには、誰も気づかぬらしい。
「萩乃さまの儀は、いかがなさるる御所存……」
玄心斎が、暗くきいた。
「筆と紙を持ってこい」源三郎は欠伸をした。
「兄と司馬先生の約束で、萩乃は、余の妻ときまったものだ。会ったことはないが、あれはおれの女だ」
「司馬老先生は、大病で、明日をも知れんと、いまこのおんなが申しましたな」
源三郎は、ムッツリ黙りこんでいる。仕方なしに、玄心斎が、そっと硯と紙を持ってくると、源三郎一筆に書き下して、
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「押しかけ女房というは、これあり候《そうら》えども、押しかけ亭主も、また珍《ちん》に候わずや。いずれ近日、ゆるゆる推参、道場と萩乃どのを申し受くべく候《そうろう》」
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そして、源三郎、つかつかと首のそば
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