へ行って、しゃがむが早いか、固く結んだ歯を割って、首に、その書状《てがみ》をくわえさせた。
「これを、妻恋坂へ届けろ」
と、また欠伸をした。
首手紙……玄心斎が、緊張した顔でうなずいたとたん、女の死体のたもとから、白い紙片ののぞいているのに眼をとめた源三郎、引きだしてみると、書きつけのようなもので、「老先生が死ぬまで、せめて二、三日、なんとでもして伊賀の暴れん坊を江戸へ入れるな」という意味のことが書いてある。
筆者は、峰丹波《みねたんば》……。
「その者は、司馬道場の代稽古《だいげいこ》、お蓮さまのお気に入りで、いわば妻恋坂の城代家老でござります」
「フフン、一味だな」
と源三郎、紙の端へ眼をかえして、
「この、宛名の与吉《よきち》というのは何ものか」
「つづみの与吉――それは、三島の宿で雇って、眼はしのききますところから、お供《とも》に加えてここまでつれまいった人足ですが、さては、司馬のまわし者……」
玄心斎がそこまで言ったとき、廊下に多勢《おおぜい》の跫音がド、ドドッと崩れこんできました。
二
「御師範代は、こちらでござりますかっ? タタ、たいへんなこと
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