が――」
「開《あ》けてはならぬっ! 障子のそとで申せっ! なんだ」
 玄心斎の大声に、一同べたべたと一間のたたみ廊下に手を突くけはいがして、
「こけ猿が紛失いたしました」
 室内の玄心斎、障子を背におさえたまま、サッと顔いろをかえた。
「ナニ、こけ猿が? して、お供の人数の中に、何人《だれ》か見あたらぬ者はないかっ?」
「かの、つづみの与吉と申すものが、おりませぬ」
「チェッ! してやられたか。遠くは行くまい。品川じゅうに手分けしてさがせっ!」
 と玄心斎の下知《げち》に、バラバラっと散って行く伊賀の若ざむらいども。
「殿、お聞きのとおり、あのつづみの与吉めが、耳こけ猿を持ち出しましてござります。察するところ、彼奴《きゃつ》、妻恋坂の峰丹波の命を受け、三島まで出張りおって、うまうまお行列に加わり……ウヌッ!」
「そうであろう」
 源三郎は、淡々として水のごとき顔いろ、
「そこへ、今夜この女が、与吉と連絡をとりに、入りこんだものであろう。こけ猿は、なんとしても取り返せ」
「御意《ぎょい》!」
 玄心斎も、柄《つか》をおさえて、走り去った。
 こけ猿というのは……。
 相阿弥《そうあみ》
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