「父上、人の喧嘩に飛びこんでいって、怪我をしちゃアつまんないよ」
 と、チョビ安は、こけ猿の壺を納《しま》いこんで、
「もっとも、それ以上怪我のしようもあるめえがネ」
 と言った。
 チョビ安が左膳を父上と呼ぶのを聞いて、与吉は眼をパチクリさせている。左膳はもう与吉をしたがえて、河原から橋の袂へあがっていた。
 こけ猿の壺は、開かれようとして、また開かれなかった。まだ誰もこの壺のふたをとって、内部《なか》[#ルビの「なか」は底本では「なな」]を見たものはないのである。
 気が気でない与吉は、辻待ちの駕籠に左膳を押しこんで、自分はわきを走りながら、まっしぐらに本郷へ……。
 仔細も知らずに、血闘の真っただなかへとびこんでいく左膳、やっと生き甲斐を見つけたような顔を、駕籠からのぞかせて、
「明るい晩だなあ。おお、降るような星だ――おれあいってえどっちへ加勢するんだ」
 駕籠|舁《か》きども、ホウ! ホウ! と夜道を飛びながら、気味のわるい客だと思っている。
 道場へ着いて裏木戸へまわってみると……驚いた。
 シインとしている。源三郎は石に腰かけ、四、五間離れて、丹波が一刀を青眼に構えて、
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