き、思うさま人の斬れるおもしれえこたアねえかとおっしゃいましたね。イヤ、その人斬り騒動が持ちあがったんだ。ちょっと来ておくんなさい。左膳さまでなくちゃア納まりがつかねえ。相手は伊賀の暴れン坊、柳生源三郎……」

       六

「何イ? 伊賀の柳生……?」
 突ったった左膳、急にあわてて、頬《ほお》の刀痕をピクピクさせながら、チョビ安をかえり見、
「刀を――刀を取れ」
 と、枯れ枝の刀架けを指さした。
 そこに掛かっている破れ鞘……鞘は、見る影もないが、中味は相模大進坊《さがみだいしんぼう》、濡《ぬ》れ燕《つばめ》の名ある名刀だ。
 濡れ紙を一まい空にほうり投げて、見事にふたつに斬る。その切った紙の先が、燕の尾のように二つにわかれるところから、濡れつばめ――。
 左膳はもう、ゾクゾクする愉快さがこみあげて来るらしく、濡れ燕の下げ緒を口にくわえて、片手で衣紋《えもん》をつくろった。
「相手は?」
「司馬道場の峰丹波さまで」
「場所は?」
「本郷の道場で、ヘエ」
「おもしろいな。ひさしぶりの血のにおい……」
 と左膳、あたまで筵を押して、夜空の下へ出ながら、
「安! 淋しがるでないぞ」
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