あげた。
高さ一尺四、五寸の、上のこんもりひらいた壺で、眼識ないものが見たのでは、ただのうすぎたない瀬戸ものだが、焼きといい、肌といい、薬のぐあいといい、さすが蔵帳《くらちょう》の筆頭にのっている大名物《おおめいぶつ》だけに、神韻《しんいん》人に迫る気品がある。
すがり[#「すがり」に傍点]といって、赤い絹紐を網に編んで、壺にかぶせてあるのだ。
そのすがり[#「すがり」に傍点]の口を開き、壺のふたをとろうとした。壺のふたは、一年ごとに上から奉書の紙を貼り重ねて、その紙で固く貼りかたまっている。
「中には、なにが……?」
と左膳の左手が、その壺のふたにかかった瞬間、いきなり、いきおいよく入口の菰をはぐって飛びこんできたのは、さっき逃げていった鼓の与吉だ。
パッと壺の口をおさえて、左膳は、しずかに見迎えた。
「また来たナ、与の公――」
と、壺とチョビ安を背に庇《かば》って、
「汝《うぬ》ア、この壺にそんなに未練があるのかっ」
ところが、与吉は立ったまま口をパクパクさせて、
「壺どころじゃアござんせん。あっしア、今、本郷妻恋坂からかけつづけてきたんだ。丹下の殿様、あなた様はさっ
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