微動だにしない。あれから与吉が浅草へ往復するあいだ、ずいぶんたったのに、まださっきのまんまだ。

       七

 与吉が、そっとうしろからささやいて、
「丹下さま、こいつアいってえどうしたというんでげしょう。あっしが、あなた様をお迎いに飛び出した時と、おんなじ恰好《かっこう》だ。あれからずっとこのまんまとすると、二人とも、おっそろしく根気のいいもんでげすなア」
 その与吉の声も、左膳の耳には入らないのか、かれは、蒼白《まっさお》な顔をひきつらせて、凝然と樹蔭に立っている。
 ひしひしと迫る剣気を、その枯れ木のような細長い身体いっぱいに、しずかに呼吸して、左膳は、別人のようだ。
 与吉とかれは、裏木戸の闇の溜まりに、身をひそめて、源三郎と丹波の姿を、じっと見つめているのである。
 藍を水でうすめたような、ぼうっと明るい夜だ。物の影が黒く地に這って……耳を抉《えぐ》る静寂。
 夏の晴夜は、更《ふ》けるにしたがって露がしげって、下葉《したば》に溜まった水粒が、ポタリ! 草を打つ音が聞こえる――。
 源三郎は、その腰をおろしている庭石の一部と、化したかのよう……ビクとも動かない。
 白い
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