をはじめ、道場の若い者には、何もいうなよ。ひとりでも、無益な命を落とすことはない」
と丹波が、ひとりごとのように、与吉に命じた。
ずっと奥の先生の病間《びょうま》のほうから、かすかに灯りが洩れているだけで、暗い屋敷のなかは、海底のように静まりかえっている。
「だが、峰の殿様、どうして植木屋になぞ化けて、はいりこんだんでげしょう。根岸の植留の親方を、抱きこんだんでしょうか」
丹波は、答えない。無言で、大刀に反《そ》りを打たせて、空気の湿った夜の庭へ、下り立った。
雲のどこかに月があるとみえて、ほのかに明るい。樹の影が、魔物のように、黒かった。
丹波のあとから、与吉がそっとさっきの裏木戸のところへ来てみると!
まさか待っていまいと思った柳生源三郎が、ムッツリ石に腰かけている。
丹波の姿を見ると、独特の含み笑いをして、
「キ、来たな。では、久しぶりに血を浴びようか」
と言った、が、立とうともしない。
四、五|間《けん》の間隔をおいて、丹波は、ピタリと歩をとめた。
「源三郎どの、斬られにまいりました」
「まあそう早くからあきらめることはない」
源三郎が笑って、石にかけたまま
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