れよう。丹波の生命もまず、今宵限りであろう」
「待った! あっしに一思案……」
「とめてくれるな」
 と丹波、大刀を左手《ゆんで》に、廊下へ出た。

       四

 逃げも隠れもせぬ。ここに待っておるから、丹波に告げてこい……源三郎はそうは言ったが、よもやあの刀を帯びない植木屋すがたで、暢気《のんき》に丹波の来るのを待ってはいまい――与吉はそう思って、丹波のあとからついていった。
 司馬道場の代稽古、十方不知火の今では第一のつかい手峰丹波の肩が、いま与吉がうしろから見て行くと、ガタガタこまかくふるえているではないか。
 剛愎《ごうふく》そのものの丹波、伊賀の暴れん坊がこの屋敷に入りこんでいることを、さわらぬ神に祟《たた》りなしと、今まで知らぬ顔をしてきたものの、もうやむを得ない。今宵ここで源三郎の手にかかって命を落とすのかと、すでにその覚悟はできているはず。
 死ぬのが怖くて顫《ふる》えているのではない。
 きょうまで自分が鍛えに鍛えてきた不知火流も、伊賀の柳生流には刃が立たないのかと、つまり、名人のみが知る業《わざ》のうえの恐怖なので。
「どうせ、あとで知れる。お蓮さまや萩乃様
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