めを食ってるはずの源三郎で……」
「声が高いぞ」
 と丹波は、押っかぶせるように、
「一同を品川に残して、そっと当方へ単身入りこんだものであろうが、はてさて、いい度胸だ」
「あなた様は、前から御存じだったので?」
「うむ、知っておった。秘伝《ひでん》銀杏返《いちょうがえ》し――イヤナニ、其方《そち》の知ったことではないが、この丹波、ちゃんと見ぬいておったぞ」
「それで、どうしてお斬りにならなかったので?」
「斬る? 斬る? 伊賀のあばれン坊を誰が斬れる?」
 丹波は、またしずかに眼を閉じて、
「源三郎に刃の立つ者は、広い天下にたった一人しかないぞ?」
 いぶかしげに、与吉は首をかしげて、
「へえイ、それはどなたで?」
「もう一人の源三郎殿だ。つまり、いまひとり源三郎殿があらわれねば、彼と刃を合わすものはあるまい」
「フウム、もう一人の源三郎……」
 と、何を思ったか、与吉、ハタと小膝を打って、
「峰の殿様、あっしに心当りがねえでもねえが――」
「いま、源三郎殿は、どこにおる?」
 いつのまにか、丹波は、顔いろを変えて、突ったっていた。
「其方《そち》が知った以上、やむを得ん。わしが斬ら
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