その壺は、この俄《にわか》ごしらえの父が、預かってやる。これからは、河原の二人暮しだ。親なし千鳥のその方《ほう》と、浮世になんの望みもねえ丹下左膳と、ウハハハハハ」
血《ち》の哄笑《こうしょう》
一
子供の使いじゃあるまいし、壺をとられました……といって、手ぶらで、本郷の道場へ顔出しできるわけのものではない。
あの端気[#「端気」に「ママ」の注記]丹波が、ただですますはずはないのだ。
首が飛ぶ……と思うと、与吉は、このままわらじをはいて、遠く江戸をずらかりたかったが、そうもいかない。
いつの間にか、うす紫の江戸の宵だ。
待乳山《まつちやま》から、河向うの隅田の木立ちへかけて、米の磨《と》ぎ汁のような夕靄《ゆうもや》が流れている。
あのチョビ安というところ天売りの小僧は、なにものであろう……丹下の殿様は、あれからいったいどういう流転《るてん》をへて、あんな橋の下に、小屋を張っているのだろうと、与吉のあたまは、数多《あまた》の疑問符が乱れ飛んで、飛白《かすり》のようだ。
思案投げ首。
世の中には、イケずうずうしい餓鬼もあったものだ。それにしても、
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