洟《はな》をすすりあげたチョビ安、そのまま筵をはぐって河原へ出たかと思うと、大声にうたい出した。澄んだ、愛《あい》くるしい声だ。
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「むこうの辻のお地蔵さん
涎《よだれ》くり進上、お饅頭《まんじゅう》進上
ちょいときくから教えておくれ、
あたいの父《ちゃん》はどこ行った
あたいのお母《ふくろ》どこにいる
ええじれったいお地蔵さん
石では口がきけないね――」
[#ここで字下げ終わり]
 それを聞く左膳、ぐっと咽喉を詰まらせて、
「おウ、チョビ安」
 と呼びこんだ。
「どうだ、父《ちゃん》が見つかるまで、おれがおめえの父親になっていてやろうか」
 チョビ安は円《つぶら》な眼を見張って、
「ほんとかい、乞食のお侍さん」
「ほんとだとも、だが、そういちいち、乞食のお侍さんと、乞食をつけるにはおよばぬ。これからは、父上と呼べ。眼をかけてつかわそう」
「ありがてえなあ。あたいも一眼見た時から、乞食の……じゃアねえ、お侍さんが好きだったんだよ。うそでも、父《ちゃん》とよべる人ができたんだもの。こんなうれしいこたあねえや。あたい、もうどこへも行かないよ」
「うむ、どこへも行くな。
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