届くところに、鹿の角の形をした、太短い松の枯れ枝が二本向い合せに土にさしてあって、即妙《そくみょう》の刀架け……それに、赤鞘の割れたところへ真田紐《さなだひも》をギリギリ千段巻きにしたすごい刀《やつ》が、かけてあるのだから、与吉も、よっぽど気をつけて口をきかなければならない。
 まず……。
「へへへへへ」と笑ってみた。
「ちょっと伺いやすが、そのお子さんは、先生の、イエ、丹下の旦那様のお坊っちゃまなので――?」
 すると、左膳、すぐにはそれに答えずに、夢を見ているような顔だ。
「今は左膳、根ッからの乞食浪人……これでチョイチョイ人斬りができりゃア、文句はねえ。どうだ、与吉、思う存分人を斬れるような、おもしれえ話はねえかナ。どこかおれを人殺しに雇ってくれるところはねえか」
 ほそい眼を笑わせて、口を皮肉にピクピクさせるところなど、相変わらずの丹下左膳だ。
 そろそろおいでなすったと、与吉は首をすくめて、
「へえ。せいぜい心がけやしょう。それはそうと丹下の殿様、そこにおいでの子供衆は、そりゃいってえ……」
「うむ、この子か。知らぬ」
「まるっきり、なんの関係《かかりあい》もおありにならない
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