とそれを切り抜けると、その間にチョビ安は、もうずっと遠くへ逃げのびている。逃げるほうもよく逃げたが、追うほうもよく追った。あれからまっすぐにお蔵前へ出たチョビ安は、浅草のほうへいちもくさんに走って、まもなく行きついたのが吾妻橋《あづまばし》のたもと。
 ふっとチョビ安の姿が、掻き消えた。ハテナ!――と与の公、橋の下をのぞくと、狭《せま》い河原《かわら》、橋|杭《くい》のあいだに筵《むしろ》を張って、お菰《こも》さんの住まいがある。
 飛びこんだ与吉、いきなりそのむしろをはぐったまではいいが、あっ! と棒立ちになった。
 中でむっくり起きあがったのは、なんと! 大たぶさがぱらり顔にかかって、見おぼえのある隻眼隻腕の、痩せさらばえた浪人姿……。

       五

「これは、これは、丹下の殿様。お珍しいところで――その後は、とんとかけちがいまして」
 とつづみの与吉、そうつづけさまにしゃべりながら、ペタンとそこへすわってしまった。
 いい兄哥《あにい》が、橋の下の乞食小屋のまえにすわって、しきりにぺこぺこおじぎをしているから、橋の上から見おろした人が、世の中は下には下があると思って、驚い
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