「小僧め! 洒落《しゃれ》た真似をしやがる」
 きっとくちびるを噛んだ与吉、豆のように遠ざかって行くチョビ安のあとを追って、駈けだした。
 柳沢弾正少弼《やなぎさわだんじょうしょうひつ》、小笠原頼母《おがさわらたのも》と、ずっと屋敷町がつづいていて、そう人通りはないから、逃げてゆく子供のすがたは、よく見える。
「どろぼうっ! 泥棒だっ! その小僧をつかまえてくれっ!」
 と与吉は、大声にどなった。
 早いようでも子供の足、与吉にはかなわない。ぐんぐん追いつかれて、今にも首へ手が届きそうになると、チョビ安が大声をはりあげて、
「泥棒だ! 助けてくれイ!」
 と喚《わめ》いた。
「この小父《おじ》さんは泥棒だよ。あたいのこの箱を奪《と》ろうっていうんだよ」
 と聞くと、そこらにいた町の人々、気の早い鳶《とび》人足や、お店者《たなもの》などが、ワイワイ与吉の前に立ちふさがって、
「こいつ、ふてえ野郎だ。おとなのくせに、こどもの物を狙うてえ法があるか」
 おとなと子供では、どうしてもおとなのほうが割りがわるい。みんなチョビ安に同情して、与吉はすんでのことで袋だたきにあうところ……。
 やっ
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