ち》なんかという先生方が、
「オ! おった! あそこにおる!」
「やっ! 与吉め、おのれっ!」
「ソレっ! おのおの方ッ!」
「天道われに与《くみ》せしか――」
 古風なことを言う人もある。ドッ! と一度に、砂ほこりをまきあげて、追いかけてきますから、与吉の野郎、泡をくらった。
 もう、ところてんどころではありません。
「おウ、チョビ安といったな。此壺《こいつ》をちょっくら預かってくんねえ。あの侍《さんぴん》たちに見つからねえようにナ、おらア、ぐるッとそこらを一まわりして、すぐ受けとりに来るからな」
 と、見えないように、箱ごと壺を、ところ天屋の小僧のうしろへ押しこむより早く、与の公、お尻に帆あげて、パッと駈け出した。
 いったい、このつづみの与吉ってえ人物は、ほかに何も取得《とりえ》はないんですが、逃げ足にかけちゃア天下無敵、おっそろしく早いんです。
 今にもうしろから、世に名だたる柳生の一刀が、ズンと肩口へ伸びて来やしないか。一太刀受けたら最後、あっというまに三まいにおろされちまう……と思うから、この時の与吉の駈けっぷりは、早かった。
 まるで踵《かかと》に火がついたよう――背後《
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