よいよ壺を取り出す。
 古色蒼然たる錦のふくろに包んである。それを取ると、すがり[#「すがり」に傍点]といって、赤い絹紐の網が壺にかかっております。
 その網の口をゆるめ、奉書の紙を幾重にも貼り固めた茶壺のふたへ、与吉の手がかかったとき、その時までジッと見ていたところ天売りの子供、みずから名乗ってチョビ安が、
「小父《おじ》ちゃん、ところ天が冷《さ》めちゃうよ」
 洒落《しゃれ》たことをいって、皿をつき出した。
「まア、待ちねえってことよ。それどころじゃアねえや」
 与吉がそう言って、チラと眼を上げると、あ! いけない! 折りしも、佐竹様の塀について、この横町へはいってくる一団の武士のすがた! 安積玄心斎《あさかげんしんさい》の白髪をいただいた赭《あか》ら顔を先頭に……。

       三

 それと見るより、与吉、顔色を変えた。この連中にとっ掴まっちゃア、たまらない。たちまち、小意気な江戸ッ児のお刺身ができあがっちまう。
「うわあっ!」
 と、とびあがったものです。
 むこうでも、すぐ与吉に気がついた。気の荒いなかでも気のあらい脇本門之丞《わきもともんのじょう》、谷大八《たにだいは
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