塀の下に、ところ天の荷がおりていて、みがきぬいた真鍮《しんちゅう》のたがをはめた小桶をそばに、九つか十ばかりの小僧がひとり、ぼんやりしゃがんで、
「ところてんや、てんやア……」
と、睡そうな声で呼んでいる。大きな椎の木が枝をはり出していて、ちょっと涼しい樹蔭をつくっている。
近処のおやしきの折助がふたり、その路ばたにしゃがみこんで、ツルツルッとところ天を流しこんで立ち去るのを見すますと、与吉のやつ、よしゃアいいのに、
「おう、兄《あん》ちゃん、おいらにも一ぺえくんな。酢をきかしてナ」
と、その桶《おけ》のそばへうずくまった。
「へえい! 江戸名物はチョビ安《やす》のところ天――盛りのいいのが身上だい」
ところ天やの小僧、ませた口をきくんで。
「こちとら、かけ酢の味を買ってもらうんだい。ところ天は、おまけだよ」
「おめえ、チョビ安ってのか。おもしれえあんちゃんだな。ま、なんでもいいや。早えとこ一ぺえ突き出してくんねえ」
言いながら、与の公、手のつつみを地面《した》へおろして、鬱金《うこん》のふろしきをといた。出てきたのは、時代がついて黒く光っている桐の箱だ。そのふたを取って、い
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