でないぞ! 中をあらためてはならぬぞ! こういう峰丹波の固い命令《いいつけ》だったので、それで与吉、今まであの高麗屋敷の櫛まきお藤の家で、この茶壺と寝起きしていた何日かのあいだも、見たいこころをジッとおさえて、我慢してきたのだが……。
 これから妻恋坂の道場へ納めてしまえば、もう二度と見る機会はなくなる。
 見るなと言われると、妙に見たいのが人情で、
「ナアニ、ちょっとぐれえ見る分にゃア、さしつけえあるめえ。第一、おいらが持ち出した物じゃアねえか」
 与の公、妙な理屈をつけて、あたりを見まわした。

       二

 浅草の駒形を出まして、あれから下谷を突っ切って本郷へまいる途中、ちょうど三味線堀《さみせんぼり》へさしかかっていました。
 松平|下総守様《しもうさのかみさま》のお下屋敷を左に見て、韓軫橋《かんしんばし》をわたると、右手が佐竹右京太夫《さたけうきょうだゆう》のお上屋敷……鬱蒼《うっそう》たる植えこみをのぞかせた海鼠塀《なまこべい》がずうっとつづいていて、片側は、御徒組《おかちぐみ》の長屋の影が、墨をひいたように黒く道路に落ちている。
 夏のことですから、その佐竹さまの
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