、犬が主人の声に聞き惚れているのがある。マーク・トウェインか誰かの作品にも、海老《えび》が音楽に乗ってうごき出すのがあったように記憶しております。
 とにかく、動物は音楽を解するかどうか――こいつはちょっとわからないし、また、尺取り虫に音楽の理解力があろうとは思われないが……いま見ていると、この虫ども、一心不乱のお藤姐御の三味に合わせて、緩慢な踊りをおどっているように見えるので。
 じつに、世にも奇態なことをするお藤――。

   お釈迦様《しゃかさま》でも


       一

 この、なんの変哲もない古びた茶壺ひとつを、ああして大名の乗り物におさめて、行列のまん中へ入れて、おおぜいで護ってくるなんて、その好奇《ものずき》さ加減も、気が知れねえ……と、打てばひびくというところから、鼓《つづみ》の名ある駒形の兄《あに》い与吉、ひとり物思いにふけりながら、ブラリ、ブラリやってくる。
 その御大層《ごたいそう》もない茶壺を、あの品川へ着いた夜の酒宴《さかもり》に、三島から狙ってきたこのおいらに、見ごとに盗みだされるたア、強いだけで能《のう》のねえ田舎ざむれえ、よくもああ木偶《でく》の坊が
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